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畳屋の女房なのに、畳の本当の価値には気づいていなかった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:近本由美子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「おかあさんは、反対だからね!」
早く結婚してちょうだい。といつも言っていた母に、わたしが付き合っている相手の
ことを知らせた時、強い調子でそう言った。
理由はカンタン。仕事が自営業だから。
もっと突っ込んでいえば、田舎の小さな畳製造業という、およそナウくない職業が母の意に沿わないということなのだ。
実はわたしもそう思わなくはなかった。もっと世間でいうところの普通のサラリーマンとか、公務員とか好感度の高そうな仕事の人を選ばなかったのだろうか。
でもそれは夫の地味な感じが誠実に感じられて何だかいいなと思ったからだ。それは勝手な思い込みかもしれなかったが。
 
ともかくわたしは気がつけば畳屋の女房になっていたのだった。
小さいけれど130年続いている田舎の街の家族経営の畳屋さんがわたしの職場兼暮らしになった。
以前は高校の体育の教員だったわたしは商売のことなど1mmも知らず、怖れを知らずに結婚した。無知の大胆さがなせる業だったのだろう。
 
そして母の言う通り無謀に近いことだったのはすぐに理解できた。
お店兼自宅でわたしはそのお店で簡単な事務仕事やお客さんの接客をすることになった。
そのお店は畳工事の注文や花ござというイ草でできたラグを販売していた。
まずそこでの接客がわたしには最初の難問だった。
なにせ教員だったわたしは頭を下げるという経験があまりない。生徒たちを上から叱っていたことの方が多かったわたしが、いきなり笑顔でいらっしゃいませ。と接することはマインドセットが違い過ぎたのだ。お客さんとの距離感をどうとったらいいのかわからない。
お客さんの車が駐車場に停まるたびに、隣の工場で作業をしている夫を呼びに走っていた。
笑顔で「いらっしゃいませ」の言葉を夫に代わって言ってもらうために。
なんとも役に立たない嫁だ。そうやって畳屋の女房としてスタートした。
結婚した時代はライフスタイルの変化とともに日本人の暮らしは加速度的に洋風化していくただ中にあった。家の中の畳の部屋はめっきり減ってしまった。
畳は古臭く、メンテナンスに手間のかかるめんどくさい床材としてすみっこに追いやられつつあった。日本の住宅は核家族化し、やがてインターネットが普及していくとよけに家族のつながりも薄くなり、団らんという言葉さえも消えていきそうな気配は強まっていった。
 
そんな中ではあったが、畳のことを何にも知らなかったわたしだが少しずつ理解していくことがあった。たとえば畳の素材のイ草はその昔、トウシンソウという薬草として使われていたこと。
畳は一部屋一部屋ミリ単位で寸法が違う。だから同じ6畳でも畳の一枚一枚がきっちりどこに敷くのかは決まっている。だからきっちとした部屋の畳は日曜大工ではつくることはできないということ。
ある時、一人のお客さんから畳工事の問い合わせがあった。
「あの。今家を建てているんですけど。気持ちいい畳の感触が好きなんです。でも頼んでいる工務店さんのところの畳は最近の発泡スチロールとわらがサンドされた畳しかなくって。僕、畳は全部ワラ床の畳を敷きたいんです。そちらはそう畳って扱ってありますか?」
その問い合わせは30代の男性からだった。
「出来ますよ。一度お伺いして畳を敷く部屋の寸法を測らせてもらいますね」とわたしが答えると「良かったぁ。何件か断られたんですよ」と弾んだ声が返ってきた。
 
夫に話すと「若いのに珍しいね。畳の中身を指定するなんて」
床材の畳は出来上がったキレイさや香りは誰でもわかるのだけれど、足触りの感触は
畳の中身によって微妙に違うのだ。それは好き好きかもしれないが、最近では新建材やボードなどに畳表が敷かれた足触りが固いものもが使われることが多い。
昭和の頃のワラ床でできた温かさや感触、少しだけひずみが出る畳の味というのは今では減ってしまった。畳の足触りの感触は見えないところに隠されているのだ。
わたしは、いつもはお店にいるので現場に行くことはなかった。でもこの若い畳が好きというお客様の納品に立ち会いたくなった。
 
その家は緑豊かな新しい住宅街の一角にあった。風が周りの木々の葉を揺らす夏の終わりの納品日にわたしもついていった。
完成まぢかのその家の玄関に依頼者の奥さんと来年小学校に上がるという女の子と年下の男の子が待っていた。二人の子どもはお母さんの後ろに恥ずかしそうにぴったりとくっついていた。
「こんにちは! 嬉しいね。新しいおうちが出来て」とわたしが子供たちに声をかけると
男の子が自慢げに「ここ、僕のおうちなの!」と言った。
奥さんは笑顔でわたしたち夫婦にも新築の家を案内してくれた。
新しいうちの香りは木の香りが漂いこれから新しい物語が始まるみずみずしさにあふれていた。
夫は慎重に新しい部屋に畳を運び、2階のその場所にかっちりと畳を敷いていった。
ひょいっと畳を抱えて運ぶ夫の姿に男の子は興奮気味に小走りになった。
「畳が敷かれる時ってなかなか見ることもないから子供たちにも見せてあげたくって。良かったわね」とおかあさんが笑顔で言うと女の子も嬉しそうに笑った。
夫は畳をすべて敷き終わると「上手く敷けてよかった」と小さな独り言をつぶやいた。
子ども達は畳の部屋を見てさらに大はしゃぎ。いきなりゴロゴロと畳の上を転がりだした。
そうして畳に腰を下ろすとちょうどそこには窓があり、拡がる田んぼの緑色を風がさわさわと吹き抜けていくのが見えた。
「主人が、小さくてもいいからどうしても畳の部屋がほしかったんですよ。それもワラ床の」と奥さんも満足げな表情だ。
そんな場面に立ち会いながら畳という床材は家族のくつろぎという未来を運んでいるのだなと思った。家の中に合理的なことだけを求めていれば畳は時代遅れの床材になってしまうのかもしれない。
日本人はどこかに和室の潔い美しさ。そして素材としての畳の繊細さをどこかに忘れさろうとしている。それはその良さを誰かが伝えない限り消えていきそうなものだ。
部屋に集う人の笑顔やくつろぎを大切にしたいと思う人には畳がその後押しになってくれるかもしれない。
畳屋に嫁になって畳のもたらす価値はお客さんの笑顔に触れてこそ感じるものだった。その瞬間をお客さんの後ろから見守って初めてわかるものだと思った。
それからわたしは畳屋の女房のブログを書き始めた。それはささやかだけど伝えていくことだ。そうして10年続けている。
今ではお客さんとの交流がわたしの喜びにもなった。
やっと畳屋の女房になれた気がしている。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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