メディアグランプリ

大根役者だから舞台に上がり続けることにしました


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤 みー作(ライティングゼミNEO)
 
 
茶道のお稽古を始めたのは母からの半ば強制的なものだった。
進学した大学はバンカラが代名詞のような大学で、そんな大学に進学したのでは嫁の行き先がなくなる。せめて、美しい所作を学んで、ゆくゆくは母の思うところの「女の幸せ」をつかんで欲しいというのが願いだったかと思う。
 
茶道のお稽古とは、簡単に言うと、お点前という美味しいお茶をお客様にお出しする一連の所作を学ぶこととでもいえようか。
千利休がだいたいの型を整え、その後、何百年もかけて、改良や変形を重ねながら、綿々と受け継げられた流れを私といえば毎回のように間違い、利休もびっくりの新しいお点前を勝手に開発しながら、それでもなんだか楽しくて、途中、仕事やら子育てやらで、中断したことはあったものの、気付けば、お稽古を始めて20年以上が立っていた。
 
「みー作ちゃん、早くお点前覚えてくれないと、先生死んじゃうわよー。」
先代の先生はお稽古の度によく嘆いていたっけ。
 
残念ながら、先代の先生にはまるで良いところをお見せすることができないまま、先生のお嬢さんのK先生に代替わりした。
 
それでも、相変わらず、のらりくらりとお稽古を続けるわたしに突然、茶道の神様がほほ笑んだ。
 
「みー作ちゃん、今度、お茶事のお稽古をしようと思うんだけど、あなた、亭主をやってみない?」そう、K先生からのお告げがあった。
 
茶道の日々のお稽古が、洋食のフルコースの、前菜、スープ、お肉料理、デザートの作り方やお客様へのサーブの仕方を一つ一つ切り出して習うことだとすると、お茶事とは、そのすべてを流れの通り行い、さらに、使う用具や食材、食器までもプロデュースしてお客様を楽しませるようなものである。
お稽古といえども、本番さながらに行うのが習わしであった。
 
突然のK先生からの提案に、茶道歴こそ長いがぼんくら弟子の私は、一瞬、断ろうかと思ったが、コロナ禍でチャンスの女神の前髪がいかに短いかをいやというほど知ったので、先生からの申し出をありがたく受けることにした。
 
「良かった!じゃ、まずは巻紙でお客様に招待状を送りましょう!」
K先生は古めかしい巻紙を差し出しながら、嬉しそうに言った。
 
「マキガミデオキャクサマニショウタイジョウヲオクリマショウ!」
K先生の言葉はそのまま外国語のように脳みそにこだました。
 
そもそも、筆で文字をしたためるのは冠婚葬祭の贈り物やのし袋の表書きがせいぜいで、巻紙で招待状を書くなんて、いきなりのハードルの高さにめまいがした。
それでも、意外にも巻紙での招待状の書き方はGoogle先生が教えてくれた。
問題は筆の拙さ。
最終的にWordの行書体で文書を作成し、筆で上からなぞることでごまかした。
 
それから、洋食のフルコースで言うところの一つ一つのお料理をプロデュースしたり、お料理の仕方を覚える作業が始まった。コロナ禍ということもあり、いくつか特別なアレンジを加えながらもなんとか茶事の段取りを整えて当日を迎えた。
 
当日の朝、コロナ禍ですっかり着る機会を失った着物は着るのに四苦八苦した。
そして、追い打ちをかけるかのように、髪の毛を和装用に整えようにも、髪の毛をまとめるのに使う輪ゴムがこれまたコロナ禍で使われないまますっかり劣化してしまい、ブチブチと切れまくり、全く役に立たなかった。
仕方なく、文房具の輪ゴムで代用するありさまだった。
 
そして、汗だくになりながら、なんだか、落ち着かないまま、お茶事のお稽古が始まった。
 
お決まりのご挨拶の儀式を終え、第一関門の炭点前を迎えた。
炭点前とは、お茶に使うお湯をお釜に沸かすプロセスをわざわざお客様にお見せするものである。
洋食のフルコースでいえば、まだお料理を作る前に「今日のお料理に使うガスコンロはこれです。ここにこれから火をつけます。」っていうのをお見せする感じであろうか。
 
ところが、こともあろうに、このお料理をお出しする前の段階で事件を起こしてしまった……。
 
お茶に使うお湯を沸かす為にお茶室の一角に掘られた炉。
そこに炭をくべる為に、お釜を炉から引き揚げて、倒さないように身体から少し離れたところに置くはずだった。
ところが、お釜を移動させる途中に、まん丸い形をしたお釜を見事にコロリンと転し、お釜の中のお湯をお茶室の畳の上にぶちまけてしまったのである。
 
私の悲鳴を聴くやいなや、K先生やお手伝いの方がまるで茶道界の特殊部隊のように現れた。
そして、あれよあれよという間に何事もなかったかのように惨事を納めてくれた。
わたしは言えば、それからはまったく記憶のないようなままなんとか洋食のフルコースでいうところのデザートまでお客様にふるまい終えた。
 
自分の不甲斐なさを心底呪った。
20年以上もお稽古を続けていて、美しい所作を身に着けるどころか、今までに、こんな失敗をした人を見たことがなかった。
何よりも、お客様を楽しませるどころか、驚かせてしまった。
涙が溢れ出た。
 
そんな私に、K先生が言った。
「大根役者も舞台に上がり続けないと、大女優にはなれないんだよ!」
 
先代の先生は、お茶会がある度に自信のなさからお客様にお茶をお出しする役を弟子同士で押し付け合う私たちにあきれ顔で良くおっしゃっていた。
「大根役者だって、練習すれば、上手くなるかもしれない。でも、練習で上手くても大女優にはなれ。オーディションに挑戦したり、実際、舞台に出てこそ大女優になれるんだよ。茶道も一緒。いくらお稽古で上手にできてもしょうがない。実際にお客様に美しくおいしいお茶をお出しすることができてこそ茶人といえるのではないか。だからお客様にお茶をお出しするチャンスを逃さないで。」
そのことをK先生は思い出させてくれたのだった。
 
そう、わたしはまだまだ大根役者。
だから、これからもめげずに舞台に立ち続けます!
いつか、本当に美味しいお茶の一服をお客様にお出しできるように。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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