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メディアグランプリ

顔面骨折という絶体絶命の乗り切り方


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:近本由美子(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「どうされますか? このままでも傷は治ってはいくものですけど……」
30代後半だと思われるイケメンな医者は気の毒そうにわたしに言った。
その言葉を聞いて茫然としているわたしの様子を見ながら
「イヤですよねぇ。このままだと顔は多分歪んだままになりますから、やりたいことも
まだあるでしょうし」と選択権がわたしにゆだねられた。
 
その言葉で、我に返ったわたしは「はい! 元の状態にもどりたいです」と答えた。
若くはないことぐらいはわかっている。それでもまだまだやりたいことはたくさんある。そんな当然なことを聞かないでちょうだいよ。治したいに決まってるじゃないと思った。
 
「では、紹介状を書きます。連絡はしておきますからすぐにそれをもって○○総合病院の
形成外科に行ってください。車は自分で運転しないでくださいね。まだアブナイですから」
と言われ紹介状を書いてもらった。
 
病院を出ると春の青い空は、モノクロ色にしか見えなかった。
わたしは右頬骨を骨折して、まるで傘の骨が一本折れてそれを支えに張っていた布のハリがダランとたるむような具合に右頬が全体的に下がってしまっていた。
右の眼もとはもれ上がり、左右のバランスが著しく崩れた状態になっている。
今までの人生で美人をウリにしたことはないけど、自分のゆがんだ顔をみてまるで人生が終わったような絶望を感じていた。
 
そもそもこの顔面骨折は、ツアー旅行中に起こった。日ごろ泊ることのない高級ホテルに気持ちが浮ついていた。いや旅とは非日常を味わうものだからそれはちっとも悪くない。
友人とワインを飲んだ後、ほろ酔い気分で一人部屋の部屋にもどってきた。
ゆっくり大きなバスルームはシャワールームとバスタブが別にがあって贅沢な空間になっていた。床はツルツルの大理石で高級感が漂う作りだ。
バスタブにお湯を入れていたわたしはこぼれそうなお湯を止めに走った。
そう、かなり急いで走った。
その時、大理石の床に水滴がはねていることには全く気付かなかった。
そうしてわたしの片足の指の先はその大理石の水滴の一点に全体重をかけたのだ。
と思った時にはカラダは高速回転し、手を出す間もなく顔面から床に激突した。ドスーン!
そのまま脳振とうを起こして大理石の床にバスタオルを巻いた裸のまま倒れていた……。
 
わたしは一人部屋だった。幸い数秒で意識を取り戻したが、今度は襲ってくる激痛にその場から立ち上がることが出来なくなった。
「う、う、うっ」自分のうめき声が怖ろしくバスルームに響いた。
痛みをこらえて鏡をのぞきこむと微妙に右側の目のまわりが腫れ始めた。
ゆっくり触ってみるがあまりの痛さでその感覚もない。
「骨折したかも……」
今度は心臓が大きな音でなりだした。落ち着けワタシ! と思いながら浮かんできたのは
誰からも中年女性のあらわな姿を見られずによかったなどとトンチンカンなことを思った。
結局、我慢強いのか、見栄っ張りなのかわたしは大きなサングラスで顔をかくして翌日を乗り切った。ツアーメンバーに迷惑をかけたくないと痛みを我慢してはれ上がった顔と微熱を伴って自宅まで戻った。
 
旅先から転んで顔をどうも骨折したみたいと夫には電話で伝えていた。がその顔を見た夫も娘も言葉も出ない。
過去にもいろいろヤラカスわたしに今度はそれかい? とあきれ顔なのだ。
かわいそうに。とか、痛かったでしょう。とか、大丈夫? とか。そういう言葉ではなく「手術だね。その前に写真撮っておいてあげる」と言ってスマホでわたしの顔の写真を夫が撮った。
こんな時わたしは、同情されたり、心配されると余計に落ち込む。無神経な家族の対応はわたしにとって決して嫌じゃない。何か失敗した時はおおごとにしないという、うちの家族流の愛情なのだ。
 
紹介状をもって、形成外科の先生に精密検査をしてもらうときは夫に付き添ってもらった。
診察の結果を待合室で二人並んで座っていた。待っているその時間が長く思えた。
その時、待合室のポスターが目に入ってきた。
「眼瞼下垂は病気です」と書かれていた。
目の瞼が下がってくるのは病気だから保険がききます。と書かれていた。
 
診察室には夫も同席した。
「完璧に目の下、2か所を骨折です。手術してボルトを4本入れてつなぐことになります」
手術の計画書を見せながら説明してくださった。
「顔の神経が元通りに戻るかどうかはわかりません。その点はご了承ください」
と担当医が言った言葉を聞いて、わたしのココロはさらに奈落の底に沈んでいった。
顔が元に戻らないかもしれない。ってどう受け止めたらいい?
シワがあっても、シミがあっても以前の美人じゃない顔でぜったい文句も言わないから時間よ。旅行前にもどしておくれ! と思っても後の祭りだ。
 
どうせ顔の手術なら、もっと建設的なことでやってみたかった。
説明を聞いた後「何か、質問はありますか?」と聞かれた。
「あの先生、ポスター見たんですけどわたしの目は眼瞼下垂ですか?」とわたしは質問した。
「今は、そんなことより骨折の手術のことを考えてください!」と先生は呆れて言った。
夫もオイオイ何言ってんの? という顔だ。
いや、絶望しているから、希望を持ちたいから聞いてみたかったのだ。
わたし自身の冗談でもあり、慰めでもあるけど男たちには通じなかった。
わたしは相当、凹んでいるのだよ。
 
そうしてその手術は無事成功した。あとはどこまで回復するかだ。
わたしは10日ほど入院した。余計に腫れあがった顔を見てますます悲しくなった。
病棟の17階の窓からは桜が満開に咲いているのが見えた。
桜の花がこんなに遠くにしか見えないというのもなんだかわたしの不安な気持ちとリンクして見えた。
娘は見舞いには来なかった。ダメ母過ぎて嫌になったのかもしれないなと思った。
 
 
それから7年経過した。
幸いその後は順調に回復して今では傷跡も残っていない。
ずいぶんあとから、「あの時はお母さんの入院姿が見たくなかったの」と娘から聞いた。
嫌気がさしていたわけじゃなかったんだというのは、後からわかった。
人生ピンチの局面は誰にでもある。
ピンチのしのぎ方にも個性がある。
戒めを込めて夫が撮った施術前の歪んだ顔は保存している。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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