メディアグランプリ

サトーさんは救世主


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
ああもう! 臭いっ。
 
ここ、数週間、臭いにやられている。
臭いってこんなにクオリティオブライフを損なうのか。
自分が耐えられない臭いがあると、まるでドラクエで「どく」の状態になったかのように、少しずつHPが削られる。
 
原因は分かっている。
その臭いは、お風呂からやって来る。
そして、その原因を作ったのは、ほかならぬ、私、なのだ。
 
事件は5月の連休中に起こった。
泊りがけで遊びに行こうと準備している時のことだ。そういう時に限って、なぜか他のことをやりたくなる。さっさと荷物を詰めて出かければいいのに、洗濯物や食器などの片付けや普段やらない場所の掃除を始めてしまった。出かける時間のメドは立たなかったのに、さらに、お風呂の掃除まで始めてしまった。
 
それが悲劇の始まりだった。魔が差した、としか言いようがない。
 
排水口のゴミ受けを外して、ぬめりがついている排水筒を掃除しようした時だ。直径10センチ×高さ10センチくらいのプラスチック製の排水筒は、回転させて凹凸のジョイントを合わせるとロックが外れて着脱ができるようになっている。その筒を回転させようとしたときにちょっと斜めに傾いていたらしい。回転させたときに、筒の出っ張りが凹凸に引っかかってしまい、抜けなくなってしまったのだ。
 
いつもより、たった2mmほど傾いただけなのに、その傾きのせいで、にっちもさっちも動かなくなってしまった。引っかかっている出っ張りの部分が腹立たしいくらい邪魔!
 
これまでも何度か同じような状態になったことがある。その時は、何回か左右に力任せに動かしたら、なんかの拍子にその傾きが直って元に戻すことができた。その時には、次には気を付けて外すようにしよう、と思う。でも、そう思うのは一瞬のことで、3歩、歩いたら、忘れてしまうおめでたい人間なのだ。そして、毎回懲りずに、適当にひねって開けようとしたことを後悔する。
 
そろそろ出かけたいからなおさら焦る。いつものように力任せに排水筒を動かしても、今回ばかりは、出っ張りの部分が強情に動いてくれない。泣きそうになりながら、夫を呼んで手伝ってもらうことにした。
 
「え、これって本当に回るものなの? 全然動かないじゃん。放っておこうよ」
 
夫は、早々に匙を投げた。でも、放っておいたら、傾いた隙間から、ゴミがどんどん排水口に流れてしまう。何よりも排水筒が傾いているだけで、排水口がつながっている排水管から臭いが上がって来るのだ! 夫は大変な事態であることに気づいていない。
 
頼むよ、そんなに簡単にあきらめないでよ。
 
結局、出かけるまで、自力で格闘したけど、ついには力尽きて、斜めに傾いたまま、旅行に出かけたのだった。
 
楽しかった旅行から疲れ切って帰宅した私達を待ち構えていたのは、お風呂からの臭いだった。閉め切られた空間に3日分に溜まっていた。玄関の扉を開けた瞬間、臭いが押し寄せてくる。
 
「クサっ」
 
子どもたちは次々につぶやく。GWの楽しみが終わってしまった私達に追い打ちをかけるから、テンションはダダ下がりである。
 
こりゃあ、いよいよ本格的に、業者に頼まないと。でも、ゴールデンウィーク中では出張料金が高いかもなあ……、散財して財布のひもを締めにかかっていた私は、連休が明けるまで待つことにした。
 
日々臭いと共存していると、排水管から上がって来る臭いの種類や時間に特徴があることがわかる。みんなが水を良く流している時間帯は比較的臭いが少ない。水を使っていることで、排水管の空気が少なくなるせいなんだろうか。そして、排水口の臭いは、いわゆる『どぶ臭い』においだけではない。他のマンションの住人が洗濯や洗い物や、お風呂を使う時間には、ものすごい香料臭が上がって来る。洗剤、入浴剤、柔軟剤、シャンプー類……各家庭の香りが集結すると、とんでもない臭いになる、ということがわかった。大げさに聞こえるかもしれないけれど、排水筒がいかに私達の生活を快適にしてくれていたのか、というのを実感したのだ。
 
連休もあけて、どこに連絡したらいいか分からなかった私は、ポストによくマグネット広告が入っている水道業者に連絡した。24時間365日対応します! といううたい文句は勢いがいいけど、受付してもらって電話が戻ってきたのは、数時間後だった。
 
状況を説明すると、電話口の向こうは『うーーーん』とうなった。そんなに大変な事態なの??
 
「部品を破損する可能性があるので、メーカーに直接電話した方がいいと思いますよ」
 
まさか、断られるとは思わなかったので驚いた。24時間、水のトラブルに対応してくれるんじゃなかったの?! ……しかし、そうぼやいても仕方がないので、メーカーの手掛かりになる型番を探した。そう言えば、マンションを購入した時に、マンションの取扱説明書というのを渡されたことを思い出す。全く興味がなくて本棚の隅に押し込んでいた分厚いファイルをめくると、ユニットバスの説明書が出て来た。説明書の裏表紙に書いてある相談窓口に電話をすると、折り返し担当者が電話をしてきて、訪問して対応してくれることになった。
 
待ちに待った約束の日、丁寧に『今からうかがってもいいですか?』という電話をくれた上で業者さんがやって来た。名札を見ると、名前は佐藤さん。紺色のつなぎをきて、いかにも人の良さそうな出で立ちだった。重たそうなバッグを肩にかけている。苗字が一緒のせいか、妙に俳優の佐藤二朗さんに似ている気がする。細目でにこやかな人だった。
 
「サトーと申します。お願いします」
 
丁寧な佐藤二朗さんは、自分の苗字をサトーとのばすように発音した。靴を脱いで重い荷物を抱え、いざ、決戦のお風呂場へ。私は後ろから恐る恐るついていく。
 
「ああ、突起が噛んじゃったんですねえ」
 
サトーさんは、こともなげに言った。そして、ラジオペンチを取り出し、持ち手の方をその排水筒の突起の部分にあてて、えいっとばかりにひねった。
 
ガコッと音を立てて、排水筒が動いた。その間、3秒ほどか。
 
ポカンとしてしまった。一瞬で、サトーさんは勝利した。彼自慢の重そうな道具箱は一切登場せず、ポケットに入っていたラジオペンチだけで、部品が壊れることもなく解決してしまった。私があんなに何週間も悩んでいたというのに!
 
サトーさんが、眩しく、輝いて見えた。
 
「なんだか、こんなことで、出張費をもらうのは申し訳ないんですが、お安くしますんで……」
 
人のいいサトーさんは、自分のミスのように申し訳なさそうに、料金を計算し始めた。いや、むしろチップを払いたいくらいだよ、サトーさん! 私は感動で言葉も出なかった。
 
「今度同じようなことがあったら、おうちにある、ラジオペンチを使うと、テコの原理で外れますから、やってみてください」
 
せっかく来たからと、サトーさんは、ついでに、これから壊れるかもしれない水回りのポイントを丁寧に説明して、「何かあったら、こちらにお電話くださいね」と連絡先を書いたシールをくれた。
 
サトーさんは最後まで穏やかな笑みを浮かべて、失礼しますと去っていった。
 
次も困った時は、サトーさんを呼ぶよ。私は、断られた水道会社のマグネットの上に、燦然と輝くサトーさんのシールを貼った。
 
サトーさんは我が家の救世主。ありがとう、サトーさん!
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



関連記事