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メディアグランプリ

ある日届いた大きな荷物


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石綿大夢(ライティング・ゼミNEO)
 
 
ある日、少し大きめの荷物が届いた。
 
差出人をみると、住所は北海道とある。現状、北海道に住んでいる知人はいない。
宛名は妻の名前が書いてある。伝票の端にメルカリとあるから、妻が何かメルカリで買ったのかもしれない。
「おーい、なんか荷物きたよー」
約60センチ四方の大きめの段ボールを担いで居間へ入っていくと、妻がなぜか無表情でこちらを見ている。いや、僕ではなく荷物を見ている。かと思えば、すぐに携帯の画面を僕に見せてきた。
 
 
妻はメルカリやジモティーといったフリマサイトを頻繁に利用している。
大阪出身で、損得に厳しいところがあるから、ものを新品で買うことは珍しい。当然、ものにもよるが、中古品で出品されている多くのものの中から傷や痛みの気にならない“美品”を見つけ出してくる。関西人気質のなせる技なのか、必ず値段交渉し、少しでも安く購入しようとするこだわりは、関東人の僕からみると時々「そこまでするの?」と思うこともある。
 
さらに妻は、欲しいと思ったものは、あまりためらわずに買ってしまう。
と、なんだか綺麗な言い方をしたが、簡単にいうとちょっと浪費家的なところがある。
先ほどの一円でも安く買おうという“倹約家”的な気質と矛盾しているかのように聞こえるが、欲しいと思ったものについてはかなりの執着を持って調べ上げる。市場価格と、フリマサイトでの出品価格を見比べ、納得いくまで価格交渉し購入する。
彼女の中で、浪費家と倹約家が絶妙なバランスで成立しているのだ。
 
しかし、我が家は決して収入が多いわけではない。
きちんとライスワークはやっているものの、僕も読書やその他諸々のことにお金を費やしがちだから、家計は決して楽ではない。それでも元来の細かくてお金に対してシビアな性格からか、我が家の家系は妻ではなく僕が管理している。だから妻にはよくよく「勢いでものを買わないように」と日頃から言っている。
こればかりは、ケチだった両親の教育の賜物(弊害?)かもしれない。
 
 
「それよりさ、これ小道具にどうかな〜?」
荷物を無視して携帯を見せてきた妻が、ある小道具を使いたいという。
それは、レトロな裁縫箱だった。
 
僕と妻は、今、演劇公演の準備をしている。俳優養成所で出会った妻も役者である。演じること以外に無頓着な俳優というのも居たりするが、元々スタッフ経験も豊富な僕ら二人は、小道具や衣装などへの準備も抜かりなく行える。主に全体の演出や制作周りについては僕が、衣装や装飾については妻が、というふうにお互いに役割分担してやってきた。
お互いのセンスを信用しているからこそ、そこまで口には出さないが、お財布は一つなので何かを買うときは必ず確認を取るのが通例となっていた。
例えば妻が衣裳の候補として3パターン提案してくる。僕は、自分のイメージや意見は伝えるが基本的には相手に任せている。お互いのセンスの領域を熟知しているからこその役割分担だ。
 
 
企画している公演は作家・岸田國士の『紙風船』という作品だ。初版が発行されたのは大正14年。岸田は仲間達と文学座という劇団を立ち上げ、日本演劇の発展に貢献してきた偉大な作家だ。今では岸田國士戯曲賞という、賞の名前を冠するまでの存在である。日本演劇界になくてはならない舞台人だったことは間違いない。
妻がレトロな裁縫箱を欲しいと言ったのは、こういうわけらしい。
作中、妻がお裁縫に片づけにと慌ただしく家事をこなす描写がある。そういった場面で使える。それに今回の美術セットは、お座敷はあるものの見た目は書店である。少しでもレトロな雰囲気を感じてもらえたら、ということだった。
 
まぁそういうことなら、買ってもいいかもしれない。しかし、どうだろう。
そこまで安い買い物でもないが、古美術店で買うよりは圧倒に安い。
だが『紙風船』は、夫婦の関係性の機微を描いた作品だ。息遣いも聞こえるような近距離での公演、触れるぐらいのところで行われる夫婦のやりとりが面白さのキモだ。
なるべく美術や装飾は最低限にしようと、演出として方針を出したばかりだった。
 
 
返事に渋っている僕を見て、妻はなぜか正座になった。
そして先ほど届いた大きめの段ボールを彼女は厳かに開けていく。いつもは段ボールや包紙は勢い任せに破いてしまう妻が、ご丁寧にハサミを使って慎重に開封している。
そして何か深刻な報告でもあるように、一つ一つ言葉を選びながらこう言った。
「実は、もう、買ってしまいました」
 
段ボールの中には、よくある梱包用のプチプチ緩衝材に包まれたなんともレトロな裁縫箱が収まっていた。年月を経ていい色になった木の深い色。取手の装飾は、昔の桐のたんすのような、鉄製の重々しいものが施してある。
そのなんとも我が家のフローリングの床には似つかわしくないレトロな裁縫箱が、大きく“メルカリ”と書かれた段ボールから顔を出してきた。
 
「勢いでものを買わないように」と普段から言っているのに、気づいたら欲しいものが家に届いている。そのスピード感と執着、そしてあっけらかんとする姿に思わず麦茶を吹き出して笑ってしまった。
「これがあったらさ、すっごいいい雰囲気でると思うんだよねぇ〜」
妻は何かを取り繕うように必死に言い訳しているが、僕の笑いに釣られて言い訳も半笑いである。
笑ってしまったこちらの“負け”は、もう確定している。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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