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父の日に思う、後継者である自分が逃げた先に見たもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:長谷川 博紀(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
先日、ホームページや研修案内のパンフレットを制作いただいているデザイナーの方と打ち合わせをしていた。
この打ち合わせは定期的に行っており、今回は来年4月から開催を検討している後継経営者を主な対象とした研修のパンフレットに関して意見交換を行った。
 
「次回は21期目と一つの節目を迎えるので、これまでとは違った伝え方をしたい」
 
相談した相手はプロのデザイナーなので、私が1を言うと10ほど返してくれる。
そのため、打ち合わせはスムーズに進んでいき、「やること」と「やらないこと」の整理が1時間足らずで決まった。やることや方向性が決まれば、あとは愚直に進めるのみ。
予定よりも早く打ち合わせの目的が達成されたので、少し情報交換がてらにデザイナーの方と話をしていた。すると、このようなことを言われた。
 
「長谷川さんって立場が難しいですよね。経営者でもないし、年齢も経営者と比べると若いし……」
 
おっしゃる通りである。私は単なるサラリーマンであり、経営者と呼ばれるような立場ではない。コンサルタントという仕事上、経営者の方々が抱えておられる課題を解決するための支援を行っているものの、「お前、経営したことあるのか」と言われるとそれまでである。
経営企画室に所属していた前職の頃、上長からは「経営者の気持ちで取り組むように」とよく言われていたが、身銭を切って出資しているわけでもないので、あくまでも「経営者の気持ち」でしかない。
ところが、「後継者の気持ち」については共感するところが多くある。それは、私自身も父親から後継者のように育てられたからである。
 
私の父親は大学教授である。運動生理学を専門に研究をしており、体温調節機能のほかタバコの受動喫煙対策に至るまで、スポーツや医療、健康など幅広いテーマで論文執筆や学会発表を行っていたようである。
 
私は、物心ついた頃から父親が不思議な仕事をしていることは何となく理解していた。それは、ちょくちょく大学の研究室に連れて行ってもらっていたことや、そこにある様々な器具を使って学生と一緒に実験を行っている姿を見ていたからである。
 
これは、製造業における社長が息子を小さい頃から自社の工場に連れていき、職場環境や仕事に取り組む社長の姿を見せ、また仕事にも触れさせることで息子に「継ぐ」という意識を植えつけることと同じように思える。
その結果、私は父親の仕事に大いに興味を持ち、小学校の授業で将来の夢として「先生(大学教授という職業をあまり分かっていなかった)」と発表したこともあった。明らかに「大学教授」という仕事を意識するようになったし、親戚からも「お父さんのように立派な仕事に就いてね」などと言われることも増えてきた。
 
私の勉強机は父親の書斎にあった。父親はどちらかというと口ベタな方だと思う。多くを語るようなことはしなかったが、父親が休日も仕事に関する情報収集や資料を作るために机に向かっている姿を見て、自分も勉強をしなければならないような無言のプレッシャーを受けていた。そのため、休みの日は友達と遊ぶよりも勉強している時間の方が多かった。だから、成績に関しては良くて当たり前として周りも見ていたし、特に母親の方が厳しく見ていたような記憶がある。学校のテストで「20点」なんて取った日には、とてもじゃないけど親に見せられなかった。
 
そして月日は流れ、私は1年の浪人生活を経て大学へ進学した。ただし、学部は工学部で、父親が属している学部とは異なっていた。ところが、この大学には父親の知人の教授がいた。父親からその件を聞かされ「是非挨拶をしてこい」と言われたので教授の元に出向くことにした。
「君が長谷川先生の息子さんか」と教授。実は、父親が私の知らないところでやり取りをしていたようである。「良ければ、ウチの研究室に遊びにおいでよ」と言われ、まんまと教授の研究室に入り浸ることになった。
 
まるで、後継者教育の一環として社外経験を積ませるようなものである。自分の専攻している応用化学科の研究とは別に、その教授のもとで運動生理学の研究の一端にも携わっていた。結果的には大学の4年間を経て、工学部の所属のまま大学院の修士課程に進学することになるのだが、父親としては大学院の時に自分と同じ運動生理学の道に進むことを期待していたんだろうな、と今から振り返ると思う。
 
「後継者の気持ち」について、私が共感するところは「親から子に対するプレッシャー」である。述べさせていただいたような環境のほかに、やはり周りの大人たちによる「父親と同じ道を歩むんでしょう」という期待。そして、それに応えなければならないというプレッシャーを常に感じながら生きてきた。会社経営の後継者は社員の生活を背負うことになるので自分とは比べものにはならないとは思うが、これはこれで辛かった。
 
だから、私は父親と同じ研究者の道は大学院の修士課程であきらめ、就職という道を選んだ。このまま研究者の道を歩むと父親との比較は避けられないし、自分自身は父親ほど優秀ではないことは分かっている。一言でいえば「逃げた」のである。
 
逃げた結果、得られたのは安心感。そして、今では経営コンサルタントという職業に就いている自分の話を、楽しそうに聞いてくれている父子の関係である。
ある会社の社長と話をさせていただいたのだが、後継者が会社に入社すると「父親は社長」であり、親子の関係という感覚ではなくなるそうである。自分が逃げていなければ、それに近い関係となっていた可能性もあることを思うと、親子関係でいられることは良かったと思う。
 
ところが、人生とは分からないものである。父親の履歴の多くは現代体育研究所教授であるが、実は最終履歴は「経営学部教授」である。逃げたはずだが、経営に携わるというところで、どうやら父親と同じ世界に足を踏み入れてしまったようだ。
 
立場やアプローチは違えど、父親の大きな背中を目標に、今は仕事に励んでいる。
 
 
 
 
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2022-06-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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