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無限ループの庭~昨日植えた花の名前をあの人は覚えてくれない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:奥志のぶ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
11年前、いま住んでる家は売り出された8区画の最後のひとつだった。奥まった場所で面積も一番狭い。いかにも売れ残りという感じ。それでもなぜか私は気に入ってしまった。かなり無理をして念願のマイホームを建てたのだった。
新築8区画の隣には、昔からこの土地で暮らしてきた地元の人たちの家があった。我が家のお隣には広大な土地を持つ老夫婦の家がある。新しい住宅地に他所から来た新参者をどう思っているだろう。なんとかいいお付き合いをしたいものだ。あれこれと心配していたが私はすぐに安心した。老夫婦は二人とも気さくで優しかったからだ。
 
おじいちゃんは野菜作りの名人で、おばあちゃんは料理が得意。食べきれないからといって二人は我が家に野菜を分けてくれる。新鮮なものをどっさりと。あぁ、おじいちゃんおばあちゃん、神……。美味しいし家計も助かる。心から感謝。祖父母と暮らしていた私には幼い頃に畑仕事を手伝った記憶がある。もう亡くなった祖父母を隣の老夫婦に重ねて見てしまう。そう、私は隣のおじいちゃんとおばあちゃんが大好きだ。
 
引っ越してきたとき、小さくても庭に芝生があるのがうれしかった。水やりを欠かさなかったが質の悪い芝だったようで、すぐに荒れ野原になってしまった。花のある庭に憧れていたのに仕事に疲れ果て、ガーデニングをする余裕なんてなかった。庭はただ洗濯物を干すためだけの場所になっていた。やがて雑草がはびこり、ますます荒れていった。いつも畑をきれいにしている隣の老夫婦に見られて恥ずかしかったが、疲れていて庭の手入れなんてとてもできない。こんなはずじゃなかった。引っ越したときはガーデニングを楽しみにしていたのに。悶々としながら暮らす日々が続いた。なんとかしなきゃ。このままじゃダメだ……。
そんなある日、唐突に思いついた。庭で洗濯物を干すのをやめよう! 洗濯物干し場にしてるからダメなんだ。ちゃんと「庭」にしよう! 一念発起、ようやく私は庭の手入れをはじめた。地植えで花を咲かせよう。レモンの木も育ててみたい。目標はテレビで見たイングリッシュガーデン。まずは雑草と化した芝生を取り除く。鍬で掘り起こし新しい土を入れる。これがなかなかの重労働。思った以上に根が張っていて力がいる。少しずつ開墾して植物を植えた。最初はパンジー。花が開いたときはうれしくてしかたなかった。いつまでも見ていられる。よし、もっと頑張るぞ!
 
もうひとつ、うれしいことが起きた。お隣の老夫婦が褒めてくれるようになったのだ。おじいちゃんは「よく頑張るねぇ」と声をかけてくれ、おばあちゃんは「お花を見るのが楽しみよ」と言ってくれた。それがうれしくて私は時間を見つけては土と格闘した。少しずつ花が増えていくにつれ、おばあちゃんと話すことも多くなった。野菜のお礼にプレゼントしたお菓子も喜んでくれた。いつまでも元気でいてほしいと思っていた。しかし、春になってチューリップが咲きはじめた頃、私はおばあちゃんの変化に気づいてしまった。
 
「チューリップが綺麗に咲いたねぇ。私、大好きよ。本当に綺麗」
 
褒められて調子にのった私はチューリップを切って手渡した。少しだけ庭の景色は寂しくなったが日頃のお礼だ。すごく喜んでくれたし私もそれがうれしい。おばあちゃんはチューリップを持って家に入っていった。そして、1時間後。
 
「チューリップが綺麗に咲いたねぇ。私、大好きよ。本当に綺麗」
 
再び現れたおばあちゃんはさっきと同じことを言った。何度も、何度も。私は一瞬で悟った。あ、さっきのこと忘れてるんだ。私はまたチューリップを渡した。おばあちゃんは初めてもらったかのように喜んだ。いや、初めてなのだ。おばあちゃんにとっては。
次の日も同じやりとりをした。その次の日も、また次の日も。我が家のチューリップは全部なくなってしまった。
 
おばあちゃんの身に起きた変化に私は少なからずショックを受けていた。年齢的には自然なことだろうが、お隣からいなくなるのではないかと考えてしまう。私はアジサイの苗を植えたときの会話を思い出した。
 
「アジサイ咲くのが楽しみねぇ」
「はい、今年はまだ咲かないですけど。来年咲けばいいんですけどねぇ」
「まぁ、何年もかかったら私、もういないわよ」
 
そんな寂しいこと言わないで。早く咲け、アジサイ。もっと花を咲かせなきゃ。もっと見てもらえたら、おばあちゃんはずっと元気でいてくれるかもしれない。庭に花を絶やさないように、私は毎週ホームセンターの園芸コーナーに通うようになっていた。
 
リビングルームから庭の花が見えたら気分がいいと思う。だが我が家はちょっと違う。花はよそを向いている。隣の家から一番よく見えるように植えているからだ。チューリップの一件以来、おばあちゃんとは毎日同じやりとりをしている。
 
「あのオレンジの花はなぁに?初めて見たわ。綺麗ねぇ」
「あれはキンギョソウです。かわいいですよね」
 
無限ループだ。いつまでも花の名前を覚えてくれない。でも、それは幸せなことなのかもしれない。毎日初めて見る花に、毎日感動できるのだから。
 
思えばこの一年で我が家の庭はずいぶん変わった。以前は私の心を映しているかのような荒れ野原だった。いまは、まだまだ未完成だが開墾が進んだ。10年後を見据えて木を植え、季節の花を植え、種をまいた。花に蝶がとまり、虫を探していろんな鳥がやってくる。それを見て興奮する我が家の猫。そんな猫を見て笑う家族。花を植えるといいことしかなかった。チャレンジしてよかった。夏の盛りには早咲きのコスモスが咲く予定だ。早くおばあちゃんに見てもらいたい。おばあちゃんの喜ぶ顔が無限に続きますように。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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