メディアグランプリ

彼氏より大切なひと


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平井理心(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「ごめん。私、行くね」
目の前の彼氏はどうしようもない顔をした。
「……駅まで送るよ」
彼の精一杯の優しさだった。私はそれに甘えた。別れ際に
「がんばれよ」
と言ってくれた彼は、私の隣には、もういない。
 
私も彼も仕事で本当に忙しかった。2人で会う時間はとても貴重だった。私の誕生日にあわせて、数ヶ月前から、お互いに仕事の調整をしてきた。久しぶりのデートの日であった。その日まですれ違いも多く、不協和音になっていた。それを、一蹴できるのではないかと、私も彼も期待していた。特別な日になる、はずだった。
 
だけど、私のスマホにメールが入った。少し前から、私の心の大半を占めているひと「Dさん」についてのメールだった。私はDさんに、すぐにでも会わなければと思った。それをすぐに行動に移したのだった。
Dさんの元へ行くことに、迷いのない私の表情を見て、彼はどんな思いだったのだろうか。彼の表情は悲しすぎた。私は彼を傷つけた。そのことは、はっきりと自覚した。
それでも、私はDさんに会わなければならなかった。
 
彼の気持ちを慮ると、心が強く痛んだ。そして、私も傷ついていた。私だって泣いたんだ。どうして、私は彼の元にいられないのか、どうして彼よりDさんの方が大切なのか。自問自答するのは、つらかった。
 
ぐちゃぐちゃの気持ちだったが、目的地に近づくにつれて心が落ち着いてきた。目的地が目に入る頃には、正直、彼のことは薄れていた。Dさんのことで頭がいっぱいになっていた。
着いた!
私の勤め先の病院。DさんはICU(集中治療室)のベッドに寝ていた。
やっと会えた!
でも、Dさんは、私が駆けつけたことに礼を言うわけではなかった。いや、言えないのだ。語れないのだ。「脳死」とされうる状態であったから。
 
脳死とは、事故や病気によって脳のすべての働きがなくなった状態。そこで、ご家族が臓器提供をご希望された。Dさんの臓器(心臓、肺、肝臓、すい臓、腎臓、眼球)を提供し、病気で苦しんでいる患者さんたちにそれぞれを移植する。そこで、数名もの患者さんの命が救われる。そのことをご家族が希望されたのであった。そこで、私に連絡が入った。
 
私は、大学病院に勤める臨床心理士だ。毎日、山のような仕事を仰せつかっている。さらには、「院内臓器移植コーディネーター」(以下、コーディネーター)という業務もおこなっている。臓器提供を希望される患者さんやご家族がいらっしゃったら、どんな仕事よりも優先し、それを実現するために、多くの人と対話をしながら、様々な手続きをすすめる役割である。
 
このように、コーディネーターとしての要請は、突如訪れる。土日も年末年始もゴールデンウイークも関係ない。もちろん、彼氏とのデート中も。連絡をうけると、私は一目散に病院へと向かう。
これが彼と別れた原因のひとつ、かもしれない。明らかに私は彼を傷つけた。しかし、命にかかわる仕事があった。どちらを選択するべきだったのか、何が正解なのか、私にはわからない。彼氏ひとり幸せにできない私が、人の命に携わることなどできるのか。葛藤は続いている。
 
それでも、この仕事を続けるには訳がある。ふつうの生活では、きっと体験することのできないものがそこにあるからだ。魂が、揺さぶられるのだ。
 
数字だけでもその稀さがわかる。2021年の1年間でお亡くなりになった方は、全国で145万人(厚生労働省公表)。その中で、脳死下での臓器提供をされた方は、67人(日本臓器移植ネットワーク公表)。つまり、死していく人の中で、脳死となり臓器提供に至ったのは、約0.0046%。奇跡と言っても過言ではない数字。そこに、私は立ち会うのだ。
 
さらに、臓器提供に至るには、突然の事故や急性脳梗塞等が原因で脳にダメージを受け、急に意識が戻らなくなってしまったという事が多い。
愛する人は、ついさっきまで元気だったのに。もう、声をかけても返してくれない。手を握っても握り返してくれない。そういうご家族やご友人たちの深い深い悲しみに触れる。その中でも、ご家族らが臓器提供を自らの意思で選択し、臓器提供の過程を見守る姿に感服する。
 
今まで、私は10人以上の臓器提供に関わらせていただいた。それぞれのご家族の言葉だ。
「誰かの中で、生きていてほしい」
「今度は、誰かの人生を豊かにしてほしい」
「とう(お父さん)はね、ヒーローなんだよ。5人もの命を助けるんだよ」
 
それは、愛する人の死を意味づけ、物語を創っていき、自らの「生」にしていこうとする、人の強さだと思う。愛する人の死の先に、他人の「生」を感じられるのは、臓器提供に携わる者だけが感じられる、魂の響きだと思う。
そこに触れると、私の魂も激しく揺さぶられるのであった。
 
だから、どんな時でも、呼び出されると、私は「Dさん」に会いに行く。そのご家族に会いに行く。仕事だからしょうがなく行っているのではない。私の魂が向かわせるのだ。
だから、ゴメン。私にとっては、彼氏よりも大切なんだ。
 
―――臓器提供。小説やドラマ、映画に描かれているので、ご存知の方も多いと思う。そこでは、臓器を提供する患者さんやご家族、そして医師が主人公となっている。その陰にある、コーディネーターのちいさな物語をここに綴ってみた。ご笑覧いただければ幸いだ。
 
 
 
 
***
 
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2022-06-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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