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ショート小説『大人メーター』


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鳥井春菜(ライティング・ゼミNEO)
※この記事はフィクションです。
 
 
子供の頃、私が水平線を見つめながら言ったらしい。
 
「おとうさん、いつまで遊んでるのかなぁ……」
 
お母さんはそれを聞いて、くすりと笑って、「そうね、今度はいつまでかしらね」と幼い私を抱き上げて、一緒に夕日が沈むまで海を眺めたそうだ。
 
あの頃、私は、船乗りのお父さんが漁へ出ているのを「遊びに行っている」と思っていたらしい。
 
 
* * * *
 
 
ふつふつとしてきたのは、中学生になった頃だ。
 
お父さんは、弟が生まれてからだって、変わらず家にいるのは数ヶ月に一度だけ。私は学校にいるか、家で弟の世話をしているかの毎日だった。
 
「なんでお父さんは、ここにいないんだろう」
 
その頃から、そんな気持ちが悶々と胸の内にすくっていた。
それでも、昼は明るく働いて、夜中に家計簿を開いてため息をついているお母さんにこれ以上の心配はかけたくない。
 
 
 
だけど………
胸の奥がザラザラ チクチクしていた。
 
ーーどうしてそんなに楽しそうにしてられるの?
 
今回もお父さんは、急に帰ってきた。
帰ってくるなり、船ではどんなことがあったとか、どんな景色を見たとか、そんな話をずっとしている。久しぶりに顔を見た弟を、まだ腕に抱こうともしない。
チラリと見ると、お母さんはいつものように、にこにこと話を聞いている。
 
ーー我慢ばっかり。
 
お母さんは、久しぶり会えたお父さんとの時間を壊したくないんだ。本当は色々思っているはずなのに、気まずくなるのが嫌だから、ただ黙っているんだ。どうして、私たちばっかり、いつも、いつも。
 
「お父さんは、私たちのこと大事じゃないんでしょ」
 
 
ピタリと、その場の空気が止まった。その空気の重みがグッと肩にかかる。
でも、口元をぎゅっと結んで、真っ直ぐにお父さんを見る。だって、私が言わなきゃ。
お父さんは、お茶を飲もうと湯呑みを片手で持ち上げ、口を半分開いた姿勢のまま、日に焼けた肌の中でギョロリと白く光る目を開けて、私を見つめていた。
 
 
* * * *
 
 
海面が光るのが眩しくて、目を細めて水平線を眺める。潮風が頬を撫でていって、なにか、洗い流してくれるような気がする。
 
「悩んだときは、いつもここよねぇ」
 
少し高い防波堤の上に「よっと」と声を出して登ってきて、お母さんはなんでもないように隣に座った。
 
「…………よしきは?」
 
「大丈夫。ばあちゃんところに、預けてきた」
 
光がさしたお母さんの横顔は、少しくたびれていたけれど、きれいだった。美人で優しいお母さんなのに、どうしてこうも儚げに幸薄そうに見えてしまうんだろう。
 
「なんか言ってた?」
 
お父さんは、今朝、また漁に出たようだった。
 
「うーん」
 
お母さんはのんびり海を眺めていて、その髪を風がさらさら流していく。
 
「ほら、何にも言ってないんでしょ。やっぱりどうでもいいんだよ、私たちのことなんか」
 
お母さんを悲しませたいわけじゃないのに、こんな言葉しか出てこない。お母さんと私、一緒に頑張ってきたのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。傷つけてしまったかもしれない、そう思うと、胸に重しがズシンと置かれたようだった。
 
 
「………ごめんね、大人になりきれなくて」
 
思わず、ため息がもれた瞬間、お母さんが、「あっはは!」と笑い出した。えぇ〜、と言いながら、私の肩を押す。
 
「な、なに? 急に」
 
もはや、目にうっすら涙をためて笑っているお母さん。
 
「いやいや、ごめんね。そうかぁ、あなたもそんなに大人メーターが上がってたのね」
 
大人メーター?
 
お母さんはなかなか笑いがおさまらないらしく、話し出そうとすると、またくすくすと口を抑えるのを何度か繰り返して、
 
「大人になろうなんて、思わなくていいんだよ。ファンタジーなんだから」
 
とにっこり笑った。
 
「『大人』なんて、実は幻の生き物なのよ。なんでもちゃんとできて、上手にこなせるようになるって思ってたけど、いつまでたってもならないの。そうなる必要もないんだって、私は、お父さんを見ててそのことがよーくわかったのよ」
 
どういうことか分からず、お母さんをじっと見つめる。
 
「お父さんは『大人』に見えないこともあるかもしれないけど、でもあんなに楽しそうに生きられる人はなかなかいないのよ。私は、お父さんのそういうところが好きなの。そばにいると、完璧にしなくて自由でいいんだなぁって。お守りみたいなものかなぁ」
 
「好き」という言葉が出てきて、私はびっくりしてなんだか居心地悪くなってしまった。お母さんは、なんの話をしているんだろう……
 
「だから、『大人メーター』なのよ。誰だって、100%の大人にはなれないの。メーターが下がったり上がったり。そういうものなのよ」
 
そういうと、お母さんは、そっと私の頭を撫でた。
 
「ごめんね、いつも頑張らせちゃって……」
 
温かいその手が、まるで魔法みたいで、その瞬間に私は決壊した。ぽろぽろ ぼろぼろ、涙がこぼれ出してくる。
 
胸の内で、大人メーターが、一気にグーーーンと下がっている気がした。
お母さんのためとか、弟がどうとか、それもだけど、本当は私が我慢するのが嫌だった。でも、そんなのは言えないって思ってたのに。子供みたいに泣いて、恥ずかしいのに、ほっとした。
 
 
* * * *
 
 
数日後、お父さんが急に帰ってきた。
こんなスパンで帰ってくることはないので、びっくりだ。
 
最初、玄関口で声がして「これ……」と何かを差し出しているようだった。出迎えたお母さんもびっくりした顔で、けれど、白いバラの花束を受け取ると、ふいに少女みたいに笑っていた。
 
「ばかよねぇ、お父さんって」
 
お母さんには花束、弟には車のおもちゃで、私には安っぽいパステルカラーのチェキ。
漁に出たと思っていたら、街の方でプレゼントを買ってくるのに、数日悩んで帰ってきて、そのまま海へ行ってしまった。
 
「ホント。私が言ってるのは、そういうことじゃないのに……」
 
若い子の間で、流行ってるんだろう、って、それはどこの情報なんだろう。
やれやれ、と思うけれど、お父さんが思いついたのは、プレゼントを渡すことぐらいだったらしい。
 
本当に大人じゃない。でも、誰も大人になれないんだったら、それもしょうがないのかもしれない。
大きすぎる花束を、どうやって花瓶にいけようかとお母さんは楽しそうに迷っている。私はこれから海を撮りに行ってみよう。
 
少しわくわくしてきて、大人メーターが、上がったような下がったような。
海風に揺れる水面みたいにゆらゆらしている。
 
それでいいなら、とりあえず今は、少しだけ安心している。
 
 
 
 
***
 
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