息子とライブに行った先に見えた世界
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記事:牧 奈穂 (ライティング・ゼミNEO)
「コロナが落ち着いたら、ライブに行きたいね」
息子と1年前から話していた。息子は、YouTubeでライブをしているピアニストが好きだ。ゲームで使われている楽曲を弾き、作曲をして独自の世界を切り開いているところに、憧れがある。いつも夜中にライブをし、大きな声で笑いながら、ファンとチャットで交流をする、そのピアニストが、私はあまり好きではなかった。それでも、息子の隣で繰り返し聴かされているうちに、深く、優しい音色に気づくようになる。そして、少しずつ好きになっていった。
ライブは、日比谷の野外ステージで行われた。ビルに囲まれてはいるが、緑が豊かで気持ちがいいステージだ。鳥の鳴き声までもが聞こえてくる。3年ぶりの野外フェスに、皆の期待が大きいのが伝わってくる。楽しそうにグッズを買う人が早い時間から増え、緑の木々に囲まれた中で、ライブの時間を待っている。
いよい開始時間になった。まずは、グランドピアノを使ったソロ演奏から始まる。
ライブには、たくさんのゲストも用意されていた。ファンならば、その共演がたまらないのだろう。ファンの期待を裏切らないように、明るくリズミカルな曲を次々に演奏する。ファンもそれに合わせて、立ち上がり、手拍子をしながら盛り上がる。皆が立ち上がるので、ステージが見えなくなり、私も仕方なく立ち上がった。ステージ上では、掛け合いのように演奏をするピアニストやギターリストの姿がある。
「息子も、このピアニスト達のように、好きなことを貫いて生きてほしい。3年後に、どんな道を選び、どう生きていくのだろう……」
そんな思いが心をよぎった。地位や収入などではなく、息子自身が心から幸せだと感じることができる生き方を見つけてほしい。息子は、どんな道を選んでいくのだろう?
そう思いながら、ピアニスト達の姿を見ていたら、胸がキューッと締め付けられ、寂しさのようなものが込み上げてきて、目の奥から涙が溢れてきた。
この10年以上の間に、音楽イベントに、何度も息子を連れて行った。
最初は、歌のお兄さん、お姉さんが出てくるような、ファミリーコンサートだった。小さな手で拍手をする息子の姿が、目に浮かぶ。テレビやネットの画面を通してではなく、生演奏に触れさせてあげたい。いつもそう思い、息子にはたくさんの生演奏を聴かせてきた。小さい頃の記憶で覚えていられず、思い出として頭の中から消えてしまっても、その瞬間の音楽の感動を味わわせてあげたい。例え、頭で覚えていなくても、心はきっと覚えているだろう。息子が私の隣で音楽を聴いて喜ぶ姿を見ることは、いつも私にも満足感を与えてくれた。
目の前で繰り広げられるピアノの演奏を聴きながら、今回のライブは今までとは違うことにふと気づいた。いつものように、息子の隣で音楽を聴いてはいるが、今回は、私が連れて来たイベントではないからだ。息子が好きになったピアニストの世界に、私が入れてもらっている。息子が選んだ世界には、ピアノに真剣に向かい、楽しみを人に与えようと真っ直ぐに生きているピアニストがいる。温かな世界を見つけた息子を、ライブを観てさらに理解することができた。私が与えなくても、素敵な音楽の世界を見つけている。
「息子は、もう自分で自分に合う人を見抜いていけるだろう。だからきっと、息子は大丈夫だ」
そう感じることができて、とても嬉しいはずなのに、それと同時に寂しさのようなものが込み上げて、涙が止まらなくなった。みんなが盛り上がり、楽しそうにしているのに、涙が次から次へと溢れてくる。
「一緒にライブに来られるのは、もうこれが最後だろうか? いつまでも母親と出かける歳ではない。これが、息子と一緒に見られる最後のライブならば、この光景をよく見て、忘れずにいよう……」
恋愛で、大切な人を思うからこそ、別れなければならないような、その時の切なさに似た寂しさが胸いっぱいに込み上げて、複雑な感情が入り混じったライブだった。
息子が高校生になってから、生活が突然大きく変わり始めた。まるでもう、私を必要としていないかのようだ。親離れ、子離れ、成長過程で当たり前の喜ばしいことが、人はなかなか受け入れられない。どんなことでも、去る側は、前を向いているからいい。だが、その背中を見つめる側は、とても寂しいのだ。手がかかると悩んだ回数が多いほど、手放すのがとても難しい。愛情を込めた深さに比例して、切なさが襲ってくる。息子が生まれてからは、息子がいたから、私の存在価値があるような気がして、息子さえいればいつも幸せだった。だが、その息子が巣立とうとしている今、毎日、少しずつ私が心の準備をしている。
ライブが終わり、
「すごかったねえ! あの人がゲストで来るなんて思わなかった!」
息子は興奮して、嬉しそうだった。
楽しそうな姿を、いつものように隣で見つめながら、私は黙って聞きながら電車に乗った。
息子と、同じ時間、同じものを見て、全く違う気持ちを味わったライブだった。
そして、息子がまた一歩、私から離れていくのを実感した瞬間だった。
***
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