紫陽花と一献傾け、夜を更かす ―四十路女のひとり呑み―
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:平井理心(ライティング・ゼミ4月コース)
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
私はカウンターに通された。そこには、青紫の鮮やかな紫陽花が一朶、活けられていた。
そういえば、今朝のテレビ番組に見事な紫陽花が映し出されていた。アナウンサーが「花言葉は『移り気』です」と言っていた。椅子に腰を降ろしながら、そんなことをふと思い出していた。
「おしぼりお持ちしました」
一緒に本日のおすすめのお品書きも渡された。店員さんがきびすを返す前に、私の方から声を掛けた。
「注文いいですか? 生とたこわさ、お願いします」
ものの数分で、ビールとたこわさ、お通しが目の前に並んだ。ビールジョッキを左手でもつ。ふと、あの紫陽花が目に留まる。私は小さくジョッキを掲げた。「乾杯」と、目で合図した。一気に半分くらい飲み干した。今日は、疲れた。久しぶりに新幹線移動の出張だった。それなりの手応えを得た。今夜は、美味しいお酒となりそうだ。
次に、手を合わせて「いただきます」とつぶやく。たこわさをお箸で口に運ぶ。このぬめっとした食感。その後にくる、キレッキレのビールののど越し。この交互を楽しむ。極上の時間。そして、時々、カウンターの紫陽花と目が合った。
紫陽花は数十片の小さな花弁が集まっている。みんなで団欒しているようにも見て取れる。そんな紫陽花に、ひとり呑みの私はどう映っているのかな?
「ひとりで居酒屋に入れるんですか? かっこいい!」「私、恥ずかしくてはいれないですぅ」
甘ったるい声の女子たちに何度かそう言われたことがある。でも、私は知っている。その女子たちが集まって、糖衣を脱いだ地声をもって、ぶっちゃけトークを楽しむのを。そこには、耳かきひとかき分の羞恥心も見受けられなかった。
別に、私もずっとひとりがいいわけでもない。数人とわちゃわちゃおしゃべりを楽しむこともある。そのときの自分の気分で味わいたい。しっぽりひとり酒、じっくりふたり酒、わいわい仲間酒、堅苦しい接待酒……。たしかに、自分の意にそぐわないお酒もあった。でも、最近はある程度、我が通せるようになってきた。
そう、女性は年齢を重ねるごとに自由になる。
30代のひとり呑みは、必ず誰かに声をかけられた。1杯おごってくれたけど、その代わりとして、笑顔で話を聞くことを無言で強要されていた。「私はひとりで呑みたいの! そっとしておいて」と、何度心で叫んだことか。
40代半ばを超えると、声をかけられることがなくなった。「声をかけないでください-四十路女のトリセツ-」みたいな、無言の主張ができるようになったのかもしれない。更年期にさしかかったことで雌の香が減少してきたからかもしれない。
そのおかげで、ひとりを楽しむ時間が増えてきた。自分の考えを生み出す時間が増えてきた。
そして私は自由を感じた。
「おかわりどうされますか?」
店員さんの気配りに感謝する。ひとり飲みなので、気に掛けてくれているらしい。
「おすすめの地酒ありますか? あと、お造り3種盛りも」
どんな地酒が出てくるか、わくわくしながら待つ。そんな私を微笑んでいてくれるかのような紫陽花と、また目があった。
そういえば、紫陽花が枯れる様を「しがみつく」というらしい。日本の代表的な花々にはその散り行く姿に専属の言葉がある。ちなみに、桜は「散る」、梅は「こぼれる」、椿は「落ちる」、菊は「舞う」。
通勤路に見る紫陽花を思い出した。梅雨時は、その色鮮やかな姿に、通行人は目を向ける。スマホを向ける。その人たちの目は、幾分か輝きを取り戻したかに見えた。
されど、梅雨が明け、頭上に蒼すぎる空が広がると、人々は紫陽花には見向きもしない。相変わらずの、死んだ鯖のような目で仕事へとむかっている。そんな人々にお構いなく、紫陽花は枯れゆく姿を露わにしていた。色褪せていた。独特の丸いフォルムはそのままで、カサカサになっていた。その様子を「しがみつく」と人は名付けたのだった。
こんな生き方も、佳き、と思う。私もいろんなものにしがみついて生きている。カサカサになりながらも。職場、家庭、地域、国……。さっきは、「自由だ」と言っておきながら、我ながら勝手なものだ。苦笑する。
そういえば、紫陽花はしがみつく前に、花弁から少し離れた下の茎を切るらしい。そのように剪定すると、翌年にまた美しい花を咲かせるそうだ。この切られている姿を想像すると、推し漫画『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴、集英社)の鬼が目に浮かぶ。
それは、家族を鬼に殺されて、妹を鬼にされた主人公が、仲間と共に鬼退治をする物語。鬼は、もともと人間であった。鬼の始祖の血を分け与えられたが為に鬼となり、人を食らった。そんな鬼を仕留める術(すべ)は、鬼の首を切ること。鬼の首に刃を通した時、主人公は手を合わす「神様どうか、この人が今度生まれてくる時は 鬼になんてなりませんように」と。来世での生まれ変わりを祈っている。この姿が、紫陽花の茎を切りながら、来年の美しい開花を祈る様と重なっていく。そして、茎を切られる紫陽花が、哀しき鬼の姿と重なっていく。
地酒が運ばれた。さきほどの店員さんではなく、板前さんが直々に一升瓶を提げてきてくれた。私の目の前でグラスに注がれ、升まで溢れる。盛りこぼされるお酒がキラキラしていた。
キラキラはこちらも……と、指輪に目を落とす。不意に贈り主の顔がよぎった。右手がスマホをとろうとした。でも、その手は宙を彷徨い、結局、グラスをとった。
今宵は、紫陽花に魅せられた。その花言葉にあるように、私の心も移りゆく。
四十路女のひとり呑み。紫陽花と一献傾け、夜が更ける。
***
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