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どれだけ心のコップを満たしていますか


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:布施 京(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「子どもを作って出戻って、お母さんに迷惑掛けるようなことはしないでよ」
 
結婚前、姉に言われたセリフだ。
 
あれから、10年。
疎遠になってしまった姉とは、まだ普通に接することができない。
 
何がいけなかったのか。
 
二歳差の二人姉妹で、互いに大学に入ってからは、よく二人で話をするようになった。
一緒にお風呂に入っては、1時間以上ゆだりながら、談笑することもしばしばだった。
 
姉は、頭がいい上に、美人ときた。
生まれた同じ病院で、姉は保育器の中で誰よりもかわいかったが、
「京は自分の子じゃないと思った」というのが母の語り草だった。
入社した会社で、姉は自社のコマーシャルに起用され、母は親戚中に自慢した。
「お姉さん、きれいね」
横にいる私の耳にはタコができるほど繰り返されたセリフだ。
 
だが、姉は、学生時代「きれい」と一度も言われたことがない私をよく褒めてくれた。
あるときは、落ち込んで学校に向かっていた私を、全速力で追いかけて励ましてくれた。
そんなきれいで優しい姉は、私の自慢の存在だった。
 
なのに、どうして疎遠になってしまったのか……。
 
当時、私は39歳だった。とにかく子どもが欲しかった。
中学のときから好意を寄せてくれていた同級生と、付き合って3ヶ月で結婚を決めた。
だが、彼は、10年ほど勤めた会社を精神的に病んで辞め無職だった。
私は、主に海外で日本語教師をしていたので、彼を主夫として海外に連れて行ける、と思っていた。
だが、母も姉も反対した。
 
「とにかく就職をしなきゃ、賛成はできない」
 とりあえず、彼は契約社員で運送会社に就職した。
母は、折れた。
だが、姉は折れなかった。
姉は、私よりも5年前に、外資系の銀行員と結婚していた。
姉にわかってもらいたくて、電話をかけた。
そして、開口一番、言われたのが冒頭のセリフだ。
 
「子どもを作って出戻って、お母さんに迷惑掛けるようなことはしないでよ」
 
身ごもってもいないのに、不幸せになると決めつけていることに腹が立ち、
結局喧嘩腰で電話を切った。
 
私が籍を入れる前日、姉から三枚の手書きの手紙が届いた。
だが、「おめでとう」の文字は、どこにもなかった。
姉の心配は、私の心には届かなかった。
結局、私は返信を書くことなく、姉に祝福されぬまま結婚をした。
 
私は、すぐに妊娠し、長男を産んだ。その1ヶ月後に、姉も長男を産んだ。
いとこ同士なのに、二人は一緒に遊んだことが一度もなかった。
 
夫は、周囲の予想を裏切り、育児も家事も積極的にやってくれた。夜中、子どもが吐いた布団も率先して洗い、授乳で寝不足の私を寝かせてくれた。
 
母は、彼と結婚したことを「よかったね」と言ってくれた。
姉も、そう思ってくれている、と母から聞いた。
 
でも、父の七回忌の法事の席で会った姉は、社交辞令の挨拶しかしなかった。
 
父の十三回忌、子どもたちは7歳になった。
姉が誘ってくれて、一緒に公園で遊んだ。とても楽しそうだった。
私は、とてもうれしくなった。
 
私はもっと仲良くなりたくて、姉にメールを送った。
まるで、今まで何事もなかったように、昔のようにくだけたメールを送った。
浮かれていた私の頭をトンカチで殴るような返信が届いたのは、その数日後だった。
 
「あなたが病気のお父さんを置いて海外に行ってから、私に妹はいません」
 
たしかに、私は、自由気ままな妹だった。
父が病気になったことも知らずに、ずっと海外で日本語を教えていた。
そして、帰国後は、語学留学をしようと計画していた。だが、父は入院しており、計画は宙に浮いた状態になった。父は退院することが決まっていたが、介護が必要だったのだ。
毎日病院に通っていた私に、母は、「介護はいつまで続くからわからないから、京は好きなことをやりなさい」と言って、旅立たせてくれた。
 
姉に言い訳をしたかった。
「留学を後押ししてくれたのは、お母さんだったんだよ」
 
でも、やめた。
「病気のお父さんを置いて海外に行った」という事実に、嘘はなかったからだ。
そして、同時に「昔のような関係に戻りたい」と思うことも、やめることにした。
 
天狼院書店のYouTubeチャンネル「海の放送局」で、私と同じくライティングゼミで学んでいる人たちが提出した、2,000文字の課題を公開フィードバックしているのを見た。あるゼミ仲間が、トトロに出てくる二人姉妹の関係性について書いたものが、フィードバックされていた。(サイト:http://tenro-in.com/mediagp/128267)
 
「自由気ままな妹と、長女としてしっかりしなければいけないと思っていた私」
 
それは、私たち姉妹にも共通していた。
 
姉も長女として、「しっかりしなければいけない」と、いつも思っていたのかもしれない。
 
ずっと海外にいたくせに、いきなり帰って来て、無職の男と結婚すると言い出した、自由気ままな妹の私。
 
父の介護で母が苦労した姿を見てきた姉としては、今度は経済面で妹が母に迷惑をかけるのではないかと心配をしたのだろう。「しっかり者の姉」としては、それは当然のことだったのかもしれない。
 
だけど、私は、ずっと、こう思っていた。
「母にも姉にも絶対に頼らない」
「幸せになって見返してやる」
結婚を祝ってもらえなかったことを恨み、母には、いつも姉夫婦と比べられている気がして、卑屈になり、ずっと、そう思っていた。
 
でも、わかった。
誰かを見返して得られる幸せなんて、ないんだ。
幸せは、自分の中でどれだけ満足しているか、ということ。
自分の中の心のコップをどれだけ満たせるか、ということ。
 
姉が「きれいね」と言われるたびに、
隣りにいる妹の私は、「きれいじゃない」と言われている気がしていた。
でも、誰もそんなことは言っていない。
誰も姉と私を比べたりはしていなかったのかもしれない。
母も、きっと、そうだったに違いない。
 
今、私は一家の大黒柱として海外でやりたかった仕事をしながら働いている。
夫は主夫として、子育てに家事に奮闘してくれている。
これについても、姉は「京のやることは理解できない」と話している、と母から聞いた。
 
今まで、私は自分が比べられたくなくて、海外に住む選択をしている気がしていた。
でも、今ははっきりと言える。それは、違う。
私は、自分が幸せになるために、海外を選んだ。ただ、それだけだ。
いつか、日本を選ぶこともあるかもしれない。
 
その時は、老いていく母に、頼られる存在になろう。
「しっかり者の姉」にも頼られるような存在になろう。
 
「自由気ままな」自分は嫌いじゃない。
だから、そんな自分の個性は控えめにしつつ、頼られる存在になる。
 
いつか。
いつか、きっと、優しい姉から、メールが届くかもしれないから。
 
 
 
 
***

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2022-07-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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