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アジの恩返し~初心者アングラー(釣り人)奮戦記


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:奥志のぶ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
釣りといえばオジサンの趣味というイメージだ。というのは昔の話。いまでは女性も進出し、昨今のアウトドアブームに乗っかってファミリーで楽しむ人も多い。私も前から憧れていた。テレビで釣れたシーンばかり見ていると私でもやれそうな気になってくる。私は決心してドキドキしながら釣具屋に乗り込んだ。
 
釣具屋はド素人にとってはカオスだ。何に使うのかわからない物やウニョウニョした生餌まである。自分でどうにかするのはムリ。私は店員さんに「初めての釣りセット」を揃えてもらい、海釣り公園に行くことにした。ちょうど初心者向けのサビキ釣り講習会があったからだ。釣りの一歩はサビキから(と、勝手に思い込んでいる)。いくつもの針に餌入れのカゴをつけた仕掛けだ。狙いはアジ。堤防で足元に仕掛けを下ろすだけなので簡単だ。本当はシュッと竿を振る投げ釣りをやってみたい。いや、そんなのまだ無理ムリ。
 
講習会では竿も餌も用意されていた。海にポチャンと糸を垂らすだけ。ワクワクして臨んだものの、いっこうに当たりはこない。考えてみれば海釣り公園は釣り堀ではない。桟橋を長く伸ばした、あくまで自然の海だ。そりゃ釣れないときもあるわな。素人ながらも場所を変えないとダメだという判断に至った。私は海釣り公園を後にした。
 
次のポイントは小さな漁港。すでに釣り人がいる。人が集まっているということは釣れるということだ。期待が高まる。海をのぞき込むと魚影が見えた。いるいる。よーし、今日の晩ご飯はアジフライだ! キラリ、新品の竿が陽に輝く。初心者セットの安物だが私はこのピカピカの青い竿が気に入っていた。意気揚々と、ポチャン。さぁ、こい!
 
期待が大きいときほど落胆も大きい。1時間かけてようやく釣れたのは、10センチの小アジ1匹だけだった。さらに粘ったがもう釣れる気がしない。そもそもサビキ釣りは粘る釣り方ではない。唯一の獲物をどうしてくれよう。晩ご飯にしたかったけどたった一匹だしなぁ。よく見ると大きな黒目がクリクリしている。あら、かわいい。私はすっかり情が湧いてしまい、アジをリリースすることにした。
 
「もっと大きなお仲間をたくさん連れてきてね」
 
私は恩返しを期待してアジを逃がした。恩を売っておけばいいことがあるだろう。下心アリアリだが次への活力だ。私の初陣は惨敗だったけどめげない。こんなことは釣りあるあるだ。
 
それから何度も失敗した。糸の絡まりや根がかり。極めつけは、リールが取り外しできることを知らなくて丸ごと海に落としたこと。リールシートがゆるんでいたことに気が付かなかったのだ。これにはへこんだ。アジの恩返しはいっこうにやってこない。
 
そんなある日、私は新たな釣り場を探してある漁港を訪れた。近隣の島へ渡る定期船の船着場でもある。情報はネットで得られるが、私は実際に下見に行く派だ。ここはゴミもなく清潔だ。マナーのいい釣り人が来るのだろう。よし、次はここに決めた。サビキ釣りの人がいたので見ていたら、次々に魚がかかっている。しまった、竿を持ってくるんだった。今日は下見だけのつもりだったから何も用意してない。くっそー! などと考えながら歩いていると、真っ黒に日焼けしたオジサンに声をかけられた。
 
「島へ渡るの?」
「いえ、釣りの下見です。初心者なんで釣りやすいとこ探してて」
「竿は?」
「それがないんですよ。釣れてるみたいだから持ってくればよかったなぁと……」
「オレが貸してやろう。教えてやるよ」
「いいんですか! ありがとうございます!」
 
遠慮はしない。上達への近道は上手い人から教わるのが一番だ。どこの釣り場にも教えたがりの優しいオジサンがいる。ここは甘えておこう。ニコニコと人懐こい笑顔が警戒心を失させる。私はオジサンの後をついて歩いた。
 
オジサンは本物だった。言われたとおりに竿を動かすと次々に魚がかかった。小サバとカンパチ。念願の入れ食いだ。オジサンは自称「港の顔」らしい。話半分に思っていたが、釣り場の誰もがオジサンに挨拶しにきた。そして、指南を受けている私を何も言わずにサポートしてくれる。このオジサン、只者じゃない。
 
「ここに来たらオレの名前出せばいい。皆が親切にしてくれるよ」
「師匠……」
 
この人は師匠と呼ぶにふさわしい。私はこの出会いに感謝した。
 
きっとこれがアジの恩返しだ。師匠と巡り合わせてくれて爆釣を経験できた。釣果の中にアジがいなかったことからも間違いない。私への恩返しはしたけれど、仲間は釣らせなかった。ありがとう、アジちゃん。今日の晩ご飯には十分だよ。
 
師匠は聞けば聞くほどすごい人だった。本職は左官業だが釣り大会で優勝したとか、それで教えを請いにくる人がいるとか。いままで釣りを教えてきた人は数知れない。大会社のお偉いさんも彼を「師匠」と呼ぶらしい。全力で納得だ。しかし私が感心したことは別にある。師匠は暗い顔で釣りをしていた若者が気になったという。声をかけてもムスッとしたまま。会う度に話しかけ、釣りを教えるようになってからは心を開いてくれ、笑顔も見せてくれるようになったとのこと。その若者が、今日私をサポートしてくれたお兄さんだった。釣りってすごい。人を笑顔にする。師匠は釣りを通してたくさんの人を笑顔にしてきたのだろう。素敵なことだ。私はまだまだ初心者だけど、ボチボチでいいから釣りを続けてみようと思った。私がちょっとだけ上達したら友達を誘ってみたい。今度は師匠が一番得意だというイカ釣りを教えてもらおうか。誇らしげにイカを釣り上げた写真をSNSに上げることを妄想して、私はすでにニヤニヤと笑っている。
 
 
 
 
***

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