梅干しと梅仕事
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記事:萩原りえこ(ライティング・ゼミ4月コース)
漬物樽の蓋を開ける。
その瞬間、馴染みのある甘酸っぱい香りが鼻先に漂って来た。と同時に、口の中に唾が溜まりはじめる。我慢できずに樽の中に手が伸びた。一粒摘んでぽんと口に放り込む。
『うー、酸っぱい!』
この季節になると毎年手作りしている梅干し。かつては、各家庭それぞれに独特の味があったというが最近ではスーパーでお手軽にもとめる人が多いであろう。梅干しは、古くから日本食に根付いていた。だが庶民が自家製の梅干しを作り始めたのは、江戸時代初めのことらしい。もっと古くは、かの枕草子にも酸っぱい梅を食べているという記述が残っているから、梅干しと歩んできたその歴史は相当深そうである。
その長い歴史の中で人々の経験によって昔は薬として扱っていた梅干しだが、今ではその効能は、きちんと科学的にも証明されている。
梅に含まれるクエン酸は、疲労物質である乳酸を燃やす作用がある。そのうえカルシウムの吸収も助けてくれる成分でもある。日本人には、このカルシウムが足りていないと良く言われているから、ぜひともクエン酸の力添えを賜りたいものである。
梅干しを思い出しただけでも唾液が出てくるのは、人の反射行動の1つだという。
私たちが感じる酸っぱい味の酸味は、梅干しの他には、腐敗していたり毒性が強いなど、人が口に入れると危険な食べ物に含まれていることが多い。そのため舌が酸味を感知すると唾液を分泌して毒を洗い流そうとする防御機能が働くのだという。酸っぱいものを食べると唾液の分泌が盛んになること、それが記憶として脳に蓄積されている。酸っぱいものの代表の梅干しを見ただけでも防御の準備に入ろうとしているというから、人間の身体とは実によくできているものだ。
ところでこの梅干し、戦国時代には兵隊の兵糧だったそうだ。だが、すべてを食料としていたわけではなく、梅干しを1粒網にいれてぶら下げキーホルダーのように携帯していたこともあるそうだ。それは、梅干し(うめぼし)丸(がん)と呼ばれていた。人の反射行動を利用して食べずにこれを見ながら食を進ませたり、水がない場所では、唾液を口に溜めることで喉を潤したというから、その頃から人の反射行動は認知されていたと考えても良さそうだ。
さて、その梅干しを手作りする作業はハードルが高い。三日三晩天日干しを繰り返す工程が難易度を上げているのだと思う。
私の嫁ぎ先は、梅の実の一大産地であった。義母は、毎年当たり前のようにこの梅の季節になると“梅仕事”に勤しんでいた。
梅を使った数々の保存食作りのことを“梅仕事”と呼ぶ。
結婚して初めての夏に飲んだ梅シロップのジュースに感動した
梅シロップは、収穫したての青梅と同量の氷砂糖だけを使って大きな果実酒用の瓶で漬け込む。約2週間でカチコチだった氷砂糖も全部溶け、とろみのあるシロップ状の液体になる。はじめは瓶の底に敷き詰められていた梅の実が梅シロップの上にプカっと全部浮かぶようになったら梅シロップの出来上がりだ。飲みはじめられる合図も分かりやすい。
シロップをグラスに入れ、冷たい炭酸水をシュワシュワッと注ぐ。
「飲んでごらん」
義母に促されグラスを口に近づけるとその爽やかな梅の何とも言えないフレッシュな香りが炭酸の泡と一緒に顔に弾け飛ぶ。こんなに芳醇で豊かな味わいのする飲み物は初めてだった。一口でそれ以来大ファンになった。何しろそれが手作りだというから尚更感動ものだった。
そんな梅シロップは、“梅仕事”の中でも比較的手早くできて手順もとてもシンプルで作りやすい。梅干しと違って天日干しなどする必要がないからだ。フレッシュな梅と氷砂糖さえあれば簡単にできる。その点がとても作りやすくお手軽に感じる。
使用する梅は青梅でも完熟梅でも小梅でもできるが、それぞれ少しずつ風味が変わってくるように思う。
青梅はすっきりとしたフレッシュな味。
完熟梅は、甘酸っぱさが際立つ味。
小梅のシロップは、少し柔らかな味わいに感じる。
天日干しで3日間も梅のお世話をしなければならないなんて正直面倒くさいと思っていた。スーパーで既製品を買ってきたらそれでいいと思っていた。
でも、いつのまにか私も義母に習ってこの“梅仕事”に毎年精を出すようになっていた。
保存食を試行錯誤する工夫が面白く、作ることが楽しくなってきたのかもしれない。昔の人の知恵の素晴らしさには作るたびに只々感心するばかりである。
“梅仕事”と呼ばれる梅を使った保存食つくりの文化。
初夏に収穫された梅の実が店頭に出回る5月から7月位の時期に行う。
新鮮な梅の実の収穫時期は意外と短い。
青空の下、庭先の竹ざるの上には紅く染まった梅干しが整列している。
日本の風土と日本人の知恵が育ててきたこの伝統食、廃れることなくこの季節の風物詩として受け継がれて行って欲しいものである。
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