武闘派カレー屋の憂鬱
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミNEO)
住宅街の一角にひっそりとそのお店はある。
白い壁に、黒いひさし。茶色の扉は横に開くのだろうか、金属の取っ手がついている。
店の看板はなく、目立たない透明な表札に辛うじて店名が書いてあるが、デザイン優先で全く存在感がなかった。
横の小窓がわずかにぼんやりと明るくなっているので、やっているのかな、と推測できる。
お店じゃなかったら、どうしよう。
恐る恐る扉を横に滑らせると、正面にドーーーンと、店主がいて、目が合った。
ワンピースのキャラクター、松田優作がモデルの、海軍本部大将青雉にそっくりな風貌。
青雉と違うところを探すならば、白髪が勝っている、ということくらいか。
まさにマンガのように、ドーーーンの擬態語までくっついてきそうなくらいの存在感だった。
お昼ご飯を食べに来たはずなのに、むしろ青雉に物色されているような気持ちになる。思わず、そのまま、扉を閉じて回れ右しそうになるのを抑え、あえて目線を合わせないように店の中に滑り込む。
物音を立ててはいけないような気がした。息をひそめながら、席に着いた。夫もそのあとに私の隣に座る。
カウンターのみの、こじんまりとした店。確かに夫の言った通りだけど、店主の迫力が想像を遥かに超えているじゃないか。
事の発端は、
「すごいカレー屋を教えてもらった」
夫が少年のように目をキラキラさせて私に話しかけて来たところに始まった。
私達夫婦はカレー好きだ。そんなにすごいなら、ぜひ行ってみたい。
「何がすごいって、オーナーのホスピタリティのなさが、ハンパない」
え、それ、誉め言葉じゃないよね?
私は心の中でズッコケたけど、逆に興味を持った。ホスピタリティ王国の日本で、そんなに愛想の悪いオーナーも珍しい。肝心のカレーは抜群に美味しいみたいだから行ってみたいな、と思っていた。
けれど、けれども。
もはや恐怖体験のレベルじゃない? ホスピタリティがないとかそういう問題じゃなくて、圧しかないじゃん。
とりあえず、オーナーの目を巧みに避けながら、メニューを見た。
カレーの種類は玉ねぎとトマトの二種類から選ぶようだ。そこに、サラダ、漬物、ラッシーがついている。トッピングは、ハンバーグやコロッケ、チキンなどから選べる。
店主が水を置いた。しかし、彼からは、一向にオーダーを聞くそぶりはなく、仁王立ちに構えているだけ。
せっかくだから、両方のカレーを試してみたいねとコソコソとやり取りをしていたら、
「トマトはない!」
と青雉オーナーは言った。
ないんかーいっ……とツッコミを入れられるわけもなく、私達はトッピングを選んだ。
彼が後ろを向いて、サラダの用意を始めたので、ようやく私は、きょろきょろと店の中を見渡すことができた。右奥の方に暖簾に仕切られてプライベートスペースのような雰囲気の場所があった。どうやら、家の一角で店をやっているらしい。暖簾の内側は、黒の壁で、ピンと張りつめた緊張感がある。店中磨き上げられていて、とても美しい、ということに気が付いた。
いや、店の中が完璧すぎる。
コンロの上に、鉄製の調理器具がおいてあるのだが、手入れがとてもいいことが一目見てわかった。私も家で鉄の調理器具を使っているからわかる。あんなふうに、均一に油がなじんでいて、油膜がこびりついていない状態に育てるのは、骨の折れる作業なのだ。
しかも、油の入っていた一斗缶はさかさまになっていて最後の一滴まで大切に使おうという努力がうかがえたし、冷蔵庫から出してきたマヨネーズは、入っている容器から推測するに自家製だ。調味料、食器などは定められた場所にきちんと置かれている。
急にこの松田優作にそっくりなコワモテで不愛想なオーナーの株が、私の中でインフレを起こし始めた。
素材とか調理器具とかそういうところに愛を入れられちゃう人悪い人はいないはず!
カウンター越しに目を合わさないようにしていたけれど、にわかに彼のことが気になり始めた。第一印象が悪すぎなのに、素敵な面を見つけるだけですぐ好印象になってしまうなんて、甘すぎやしないか。
でも、なんとか、彼と話してみたかった。あのフライパンはどうやって手入れするのか、聞いてみたい。
しかし、カウンター越しに、無言で提供されるサラダに、また気持ちがシュンとなる。
相変わらず取り付く島もない。
私達にサラダを出した後で、今度彼は、カレーのトッピングの準備を始めた。ラップに折り目正しくくるまれたコロッケは、彼が事前に仕込んだものだと一目でわかった。それを機械のように寸分も狂わずに、自分の定めたやり方にのっとって火を通していく。
無駄がなく、美しい手つきにうっとりしてしまう。
ああ、彼と話してみたい!
もはや、隣にいる夫を差し置いて、恋してしまいそうなくらいの勢いだった。彼にお近づきになりたい。日がな一日ずーっと彼の仕事する姿を見ていたい……。
ついに目の前にカレーが出された。
先ほどのサラダもだけど、食べ物を差し出すときの彼の仕草は丁寧だ。愛想はないが、ホスピタリティがない人ではない。きっちりと仕事をする姿に心の中で拍手喝采を送った。
「あの、フライパンってどうやってお手入れするんですか?」
満足な食事を終えて、私は勢いで彼に尋ねた。
一瞬ピクリと眉が上がって、眉間に寄りかけた。
「いや、あの! 私も鉄のフライパン使っているんですけど、そんなにきれいに油がなじんでないからすごいなと思って!」
言い訳がましくべらべらと付け加えたけど、彼はさして気にもせず、「普通のことしかしてないけどね」と丁寧に説明してくれた。話すと意外と色々話をしてくれる。
その端々に、プロの仕事の姿勢が垣間見えた。
「カレー屋を開いて一番残念なことがあって、焼き魚が好きなんだけど、自分の家で焼いて食べられないんだよね」
「え、どうしてですか?」
彼は、暖簾の向こうを指した。
「ほら、あっち側が、自宅なんだけどね、お店がつながっているから、魚の匂いが残っていたら、お客さんがカレーを楽しめなくなるからね。仕方がないから焼いてある魚を買って我慢して食べるんだ」
彼は、その日、初めて歯を出して笑った。
あああ、もったいない、もったいないよ青雉氏! ものすごいプロ意識の高さなのに、愛想の悪さが全て邪魔しているじゃないか! この人、ホスピタリティが通行止め起こしてお客さんに全く伝わってない!
なんだか、妙に悔しい気持ちを抱きながら、店を後にした。
カレーは抜群に美味しいのでお客さんは来るだろう。でも、グルメサイトには、カレーは美味しいのに愛想が悪いという悪評もあった。でも、ホントは、この一皿の美味しいカレーが出来上がるのに、彼が見えないところで沢山の気遣いを見せているんだよ!! まるで『ごんぎつね』をみているかのような切ない気持ちにさいなまれている私だ。
あああ、彼のホスピタリティも込みで、このカレーを味わっていただきたい!
見えないところまで、お客さんの気持ちを考えながら生きているオーナーの矜持が、隠れたスパイスなのだから。
***
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