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ショート小説『ビター・イメージ・チェンジ』


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鳥井春菜(ライティング・ゼミNEO)
 
 
※この記事は、フィクションです。
 
鏡にむかって座ったまま、待っている。
準備はもう完璧にすんでいる。これまで長い時間をかけてついに今日が来たのだと思うと、どうも吸う息さえ胸につっかえる気がする。ふぅ、と吐き出すと肩がぐんと下がっていく。本当にこれでよかったんだろうか。長い時間をかけてきたからこそ不安になる。
 
ーーこうしてると、思い出すなぁ……
 
子供の頃はこうして鏡の前に座って、よく母さんに髪をといてもらった。癖っ毛がすごくて、きれいにクシでとかしておかないとすぐに絡まってしまうのだ。少しだけ、母さんが自分も使っているツバキオイルを髪に塗ってくれて、それがまた特別な感じがしてあの時間が大好きだった。
 
けれど小さな私は、ある日鏡を真っ直ぐ見つめながら声もなく泣き出した。
眉をグッと寄せて、口は見事なへの字。目は一生懸命に開いているのだけど、どんなに瞬きを我慢したって、やがて溜まった涙が溢れ出して……あの時の自分の顔は、嫌なことによく覚えている。
 
『ゆいちゃんみたいな髪がいい』
 
驚いた母さんに私が言ったのは、その一言だけ。あとは声を殺して泣き続けるばかりだった。
サラサラで風に揺れるストレートヘア。それまでは気にならなかったのに、幼稚園のクラス替えでゆいちゃんの髪を見て、くるくると変な頭になる自分の髪がどうしようもなく悲しくなってしまったのだ。
 
どうしてこんな日に、そんなことを思い出すんだろう。私という人間は、いつまで経っても根っこのところがジメジメと変わっていないのだ。
また胸が上がって、ゆっくりと下がる。やっぱり、こんなにデコルテの見えるのを選ぶんじゃなかった。急に似合わないような気がしてきた。
 
だって、そういうことは何度もあった。
高校生の頃にメガネからコンタクトへ変えたときだって、毎朝レンズを目に入れるたびに充血して大変だった。周りの女子の真似をして買ったいい香りの制汗剤は、フタの締め方が弱かったのかその日のうちに液体がカバンの中に漏れ出して教科書をダメにした。制服のスカートだって、丈を切る度胸はなくて、腰のところを2回折っていたのだけど、あれのせいでかえってウエストが太く見えた。
 
いつも全部、うまくいかなくて裏目に出ることばかりだった。
 
大学生になって、いよいよ垢抜けたいと意気込んで入部したソフトテニスサークルも、やっぱりイケイケな人たちについていけなくて、「なんとなく会話が噛み合わない」ということが数回続いて、すぐに足が遠のいた。
その時期の写真は、もう本当に黒歴史だ。変に力のこもったアイメイクがやたらと濃くて、見ると溝落ちの奥がズキンとくる。
 
変わりたいのに、うまく変われない。
今のままは嫌なのに、どうやって変わればいいかわからない。
 
どうしてだろう。私のイメージチェンジは、いつだってビターだ。
本当は、髪の毛を切ったその日に「すごいイメチェンしたね!」なんて言われて照れ笑いしてみたいのに……
 
だからこの後に及んで、怖いのだ。今回また一生懸命になったり、正直になったり、自分で選択したりなんかして、また痛い目を見るんじゃないかって……
 
ーーコンコンッ
 
ふいに扉がノックされて、思わずびくりと振り返る。
 
「あぁっ、はるこさん、やっぱりまだこちらにいらっしゃったんですね! すみません、もう控え室の方に戻ってくださってよかったんですが……」
 
先ほど化粧をしてくれたメイクさんが、申し訳なさそうに駆け寄ってくる。
 
「さぁ、行きましょう。ファーストルックのお時間ですよ」
 
ニコニコはつらつとしていて、こういう人が「花嫁」に相応しいのではないかと思えてくる。こんな不恰好で不器用で、なんにもうまくできない私なんかで、本当に修二はよかったのだろうか。
 
「もう新郎さまはお待ちかねですよ」
 
そう言って椅子を引こうと背もたれに手をかけてくるものだから、しょうがなく私も立ち上がる。
鏡越しに私と目が合うと、彼女はクスッと笑って、
 
「新郎さまは大変ですねぇ」
 
え? それはどういうーーーーー
 
「さっきテラスでお待ちのときに、もう緊張して汗がとまりませんっておっしゃっていて。こんなに綺麗な花嫁さんがきたら、もっと緊張しちゃいますね」
 
にこにこと屈託のない彼女は、嘘やごまかしを言っているわけではないようだ。
ふいに、真っ白なテラスで、汗をふきながら待っている修二が頭に浮かんだ。
 
そうだ、修二はそういう人だ。いつも真っ直ぐな人なのだ。
 
『それって、すごいことだと思うけどなぁ』
 
珍しく酔っ払った会社の飲み会で、思わずもれだした「上手くいかないエピソード」たちに、修二はポンっと思わぬ方向からボールを投げ込んだのだ。
 
『仕事を見ててもそうだけど、いつもどこかより良くしようって思えるのがすごいよな』
 
自分のことをそんな風に思ったことはなかった。いつだって今の自分が嫌で、上手くいかないのが悲しくて、でもどうしたらいいかわからなくて。だから、そう言われて、どこか胸の奥の氷がスゥーッと溶けたしまったような気がした。
 
とはいえ、ニカッと笑った修二は、私が臆するには十分イケている人だったため、結局付き合いだしたのはそれから三年も後になるのだけど……その間、すっかり偏屈に育った私に、ずっとアプローチを続けてくれた。
 
「あっ、ちょっと待ってください」
 
少しよれていたのだろうか、メイクさんが手を伸ばして、髪を直してくれる。
 
「はるこさんの髪は素敵ですね。しなやかで、少しクセがあるので綺麗にまとめやすいです」
 
子供ころの天然パーマは成長するにつれて少しずつ緩んでいって、手入れの仕方もわかってきて、今ではゆるやかなカールにおさまっている。あの頃は声を殺しながらも泣いていた私も、今ではこの髪が嫌いじゃない。
 
そうやって、本当にちょっとずつ、変わっているのだろうか。
そのときは無駄だと思ったことも、やっぱり、少しは私を変えているんだろうか。
 
上手くいかないことは多いけれど、ゆっくりやっていくしかないのかもしれない。
 
今日のこの日が終わっても、私はそんなに変わらないけれど、これからも少しずつ変わっていく。
もしそれでいいのなら、今はまっすぐに、汗だくの彼を見に行こうと思った。

 
 
 
 
***
 
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