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父と夏野菜カレー


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:鈴木みえ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
宅急便が届いた。
 
夏の暑さで生温かくなった段ボールを開けると、お菓子やゼリーと共に庭で採れたという野菜がぎっしりと入っていて思わず涙が出た。
 
3か月前、父が交通事故に遭った。
 
家の近くに借りた畑に行き、お昼になったのでご飯を食べるため一旦に帰ろうと軽トラに乗り、道路に出たところで暴走してきた大学生が運転する車にぶつかった。
 
軽トラは10メートル程、空を飛んだ。
 
目撃していた人達は、相手の車のスピードとぶつかった時の衝撃音、大破した軽トラを見て、きっと運転していた人は重症を負っている……、もしくは……。そう思った、と教えてくれたそうだ。
 
ところが、父はその大破した軽トラから何事もなかったかのように自力で降りてきた。更に驚くことになんと無傷だったのだ。
 
まるでターミネーターのようではないか。不謹慎ながらも思わずあの音楽が頭の中を流れる。
 
そして、母に電話をかけて「事故があったから、帰りが遅くなる」とそれだけ伝え、救急車で搬送された。
 
電話を受けた母は、帰る途中に事故があって渋滞しているのか……、と思ったらしい。
 
ところが直後に警察から事故現場に来るようにと電話があり、事の重大さを知り慌てて駆け付けた。
 
変わり果てた軽トラの姿を見て「さっき、電話してきたのは本当にお父さんだったの?」本気でそう思ったそうだ。
 
病院に着くと、父はバツが悪そうに「お父さんが事故に遭ったって言ったら、お母さん、泣くやろ? でも昼ご飯食べに帰らんかったら、何してたん! 連絡ぐらいして! って怒るやろ」とへらへらと笑いながら言ったそうだ。
 
何とも両親らしい会話である。
 
父と母はとにかく良くしゃべるしいつも笑っている。大きい声でお互い言いたいことを言い合って、喧嘩もするけどすぐに仲直りをする。ついつい我慢をして、言いたいことを言えない私からすると羨ましい限りだ。
 
父は昔から私と母が喧嘩をすると必ず母の味方をする。
 
でも、その後にいつも「お母さんは小さい頃にお父さんを亡くして、お父さんを知らんと育ったから、お父さんが味方になって守ってやらんとあかんねん」とこっそり教えてくれた。
 
きっと今回もそうだったのだろう。
 
父にとって母は妻ではあるが娘でもあって、心配させたくなかったのだな。そう思う。
 
そんな父は86歳。これまで病気もせず、とにかく驚くほどバイタリティがある。良く食べ、良く笑い、そしていつも動いている。
大好物は関西ではお馴染みの551の豚まん。未だに朝から4個食べる、という事に驚かされる。
 
そんな父は昔から「お父さんは55歳で定年する」と言い続け、その言葉通り、経営していた会社を部下に譲り、大阪から出身地の岡山に戻った。
 
昔から自然が大好きで、私が中学生の頃、岡山に山を購入し、週末になると車を走らせた。
山、と言っても本当に何もない所だ。そこに家を建て、畑をつくり果物の木々を植える。
 
重機を借りてきて、土地を耕し、池から水を引き、小道にはコンクリートを敷いて整備する。
 
数年経つとその山は見違える程整えられた。
 
「春の道、夏の道、秋の道、冬の道」と四季の道を造り、そこにはその季節の花や果物の木が植えられ、地元の保育園の遠足コースになった。
ところが、完成すると飽きてしまうらしくあっさりとその山を手放し、今の住まいに移住した。
 
そして、また近くの山を購入した。とはいえ、その山に行くには車で30分かかるので、車で10分の場所に畑を借り、毎日どちらかに通って農作業を楽しんでいたのだ。
 
父が作る野菜や果物は味が濃くて瑞瑞しくて本当に美味しい。子供達が小さい頃は毎週のようにその野菜や果物が届いた。
 
段ボールを開けると季節がわかる。真っ白でほのかに頬を赤く染めた白桃が入っていると箱を開けた瞬間に甘い香りを放ち、本格的な夏が始まったことを教えてくれる。
 
柿や梨には子供達を喜ばすために油性マジックで顔が書かれ、みんなで大笑いしたものだ。
 
どれだけの手間をかけてつくられたのだろう。どれだけ愛情を注いでくれたのだろう。
経験のない私が偉そうに言えることではないが、野菜や果物を育てるのは簡単ではない、ということは想像できる。
 
しかし、何よりもそれが父の喜びであり、生きがいであるということも間違いないだろう。
 
そんな生活が今回の事故で一変した。
 
無傷だったはずなのだが、身体に力が入らないらしく、家の中でも転ぶことが増えたそうだ。危なっかしいので外出も制限された。
 
もちろん運転もできないので、あんなに大好きだった山や畑に行くことができない。
 
高齢のため、そろそろ免許は返納した方が良いのでは、と思っていたが、何せ田舎だし、私が近くにいて運転手になれる訳でもなく、それを言い出すのも躊躇われるところだ。
 
命が助かっただけでもありがたいことではあるが、「好きなことができなくなったからか、急にボケが始まったかもしれへん」という母の言葉に何ともやり切れない気持ちになってしまう。
 
今は家の敷地内にある小さな畑が、唯一父が活動できる場所となった。その畑で収穫された夏野菜達が久しぶりに届いたのだ。
能天気に「両親はいつまでも元気」なぜかそう思っていた。老いという現実を急に見せつけられた気がして怖くなった。
 
玉ねぎ、ピーマン、なすび、きゅうり、トマト。
 
ぎゅうぎゅうに詰められていたため、トマトはひとつつぶれていた。
 
いつもなら捨ててしまったであろう。
 
傷んだところを省いて刻み、カレーを煮込むことにした。カレーの匂いが部屋に充満する。8月、長い休みを取って実家に帰ろうと思う。

 
 
 
 
***
 
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