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ナウシカの「働き者のきれいな手」に魅せられて 


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平井 理心(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「わしらの姫さまはこの手を好きだと言うてくれる。働き者のきれいな手だと言うてくれましたわい」
映画『風の谷のナウシカ』の名言のひとつ。多くの人の心に残っていると思う。そして、私も、小学生のときにこの映画を観たときから、「働き者のきれいな手」は忘れ得ぬ言葉となった。
 
それから、何度も自分の手を見た。「女の子なのに、大きい手だね」「バカの大足、間抜けの小足。って、言うけど、大きい手もね……」と、人から揶揄されたこともあった。でも、いいんだ。私の手もいつか「働き者のきれいな手」になるんだ。と、子ども心に思っていた。
 
なので、ついつい、人の手にも目がいってしまう。
ある運転手の手。その人は、深夜1時や2時に起きて、酪農家を回り、生乳をトラックのタンクに集めていた。集め終わると、ステイションとよばれるところまで運ぶ。運び終わると、タンクの中をきちんと消毒していた。おかげで手はかさかさだった。さらに、毎日100kmを越えるトラックでの移動距離。そのハンドルを握っている手の皮は厚くなっていた。その手のおかげで、牛乳が家庭の食卓や学校の教室に運ばれるのだと思うと、その手が尊いものに見えていた。
 
ある美容師の手。まだ20代のその人は、見習いとして先輩美容師の後についていた。明るくて元気のいい女性だった。ちょうど、私の息子と同い年。我が子を見守るような思いがあり、毎月1回の美容室の予約時には、ヘッドスパ担当者にきまってその彼女を指名した。色白の丸っこいかわいい手であった。しかし、いつしか、彼女の手は荒れていった。痛々しく見えた。そのうち、爪の色が変わっていった。茶色に染まっていた。多くのお客さんのヘッドスパやヘアカラーをしてきたのであろう。一生懸命がんばっている手だった。私はその手に、その彼女に毎月エールを送っていた。6年間の私のエールが少しは役に立ったのか、彼女はこの夏に仲間と独立して新たなサロンを構えるとのことであった。
 
しかし、最近、男女関わりなく、細長い指で、傷ひとつないつるつるの手をしている人が多くなったなと感じる。みんな、手入れをしているのだろう。そういう手も素敵ではあるが、私はやっぱり、映画にあったような、丸くて骨太で、いろいろなものを触れてきたような手を探している。
 
そんな私は、病院で患者相談を担当している。そこはよろず相談所だが、苦情・クレーム、愚痴をこぼしていく人も多い。中には、私を痰つぼのように扱い、汚い言葉を吐いて去る人もいる。医師や看護師のように白衣を着ている人には言わないけれど、私のように白衣を着ていない者には、暴言を吐き、横柄な態度を示す人も少なくはない。
そのような場所で、私は出会うことができた。あの映画のような手に。
 
「お忙しいところ、恐れ入ります。クラモチと申します」
患者相談窓口に、初老の男性が問い合わせてきた。お話をうかがうと、入院の手続きの方法を詳しくききたいということであった。中肉、中背、丸まった背中。入院への不安を目に漂わせながら、それでも、落ち着いた所作であった。こんな若輩者の私に対しても、きちんとした敬語を使ってくださった。こちらも、思わず襟を正してお話をうかがった。
その男性が書類を書くために、その手をカウンターに乗せた。
 
あっ、この手だ!
 
私は思わず、心の中でそう叫んだ。
その手は、日焼けをし、ごつごつしていて、いくつもの傷跡やしみがあった。そして、土の臭いを感じた。爪の先に残るわずかな土は、今朝、畑仕事をしてきたことを推測させた。この人は多くの命の源を作り上げてきたんだなと、思った。天候に影響をうけながらの仕事柄、この人の手はずっと自然に触れてきたのだと感じた。まさに、私がイメージしていた、「働き者のきれいな手」であった。
 
そして、その人のお話をうかがいながら、私はわかった。きれいなのは手だけではなかった。誰にでも丁寧に向かい合う姿勢そのものが、きれいであった。きっと、自分の意にそぐわないことの多い自然とも、実直に向き合ってこられたのだろう。これから癌の手術をするという。このような自分の病に対しても、向き合っておられるのだろう。その人の生き方が、その手に、その姿勢に現れていた。それを「きれいだ」と、私は感じた。
 
また、こんなきれいな手もあった。
車いすのおばあちゃん。
「すみません、マスクありませんか? さっき、マスクのゴムが切れてしまって……」
なんのことはない、私は箱から1枚のマスクを取り出した。まるでティッシュ1枚を取るかのように。そして、おばあちゃんに渡した。おばあちゃんは手を合わせて
「ありがとうございます」
と、言ってくれた。病院の消耗品としてのマスクだし、自分のものでもないし。そんなに感謝をされても……困惑する私の目に映ったおばあちゃんの手。皺だらけで血管が浮き出ていた両の手であった。それが優しく合わさっていた。すごく自然な形であった。私はその手がとてもきれいだと思った。何事にも感謝の心を持ち、それを表現していくこと、それが手をきれいにするのかもしれない。
 
「働けど働けど 猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」と詠ったのは啄木だが、私の場合は、「働けど働けど 猶わが手きれいにならざり じっと手を見る」といったところだろうか。理想の手になるのは、まだまだ先のことかもしれない。何事にも丁寧に向き合い、感謝の気持ちをもち、働き続けようと思う。そういう心持ちに導いてくれた「働き者のきれいな手」たちであった。

 
 
 
 
***
 
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