メディアグランプリ

パンチ一発50万円、人のやさしさプライスレス


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小畑 泉彦(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「うるせえんだよ!」
そう言い放った男の拳は次の瞬間私の顔面にクリーンヒットしていた。
目の前が一瞬真っ暗になったその後、眼下にはかなりの量の赤い液体が滴り落ちていることを確認できた。殴られた衝撃によりメガネのフレームは破損してレンズが外れてしまい、矯正視力でようやく1.0の私の視界はかなり不明瞭だったが、どうやらこれは自分の血らしい。興奮状態のせいか不思議と痛みはそれほど感じていない。裸眼で見る血の色は解像度が低くぼやけており、まるでモザイクがかかっているようだ。どうしてこんなことになったんだっけ……
 
2017年10月21日。金曜夜の新宿界隈の繁華街では仕事帰りのビジネスパーソンたちが一週間の労をアルコールでねぎらっていた。その日は職場で中途社員の歓迎会があり、私も同僚たちと酒を酌み交わし、終電が近づいた頃合いで帰路についた。同じ方向の若手社員N君と世間話をしながらJR新宿駅の15番線ホームで山手線を待っていた。
 
新宿駅の15番線と16番線を構えるホームは山手線と総武線が行き交う造りになっており、私たちが池袋方面行きの電車待ちで並んでいた背後には三鷹方面に向かう総武線が到着した。乗り換えのためぞろぞろと人が降りてくる。東京では珍しくない日常の光景。しかしどうも騒がしさの様子がいつもと違うことに気づいた。どうやら総武線内で乗客同士の小競り合いがあったらしく、中年男性と学生らしき青年が胸ぐらをつかみ合いながら言い争いをしていた。
 
週末の夜、おそらくお互い酒も入っていたのであろう。1日あたりの利用者数が日本一の新宿駅だ。これだけの人がいれば争いごとのひとつやふたつも起きるさ。君子危うきに近寄らずという格言もあるし、ここは何も見なかったことにしてスルーしよう。そのうち駅員さんも駆けつけるだろうし、なによりもうすぐ終電がやって来る時間だ。下手に関わって帰れなくなることは避けたい。ねえ君もそう思うだろう? と同行のN君に視線を向けると隣にいるはずの彼の姿は無かった。よく見ると先ほどの争っている二人の仲裁に入ろうとしているではないか。これが若さってやつか。
 
見ず知らずの酔っ払いのケンカに介入して何の得があるというのだろう。彼を放ってそのまま帰ってしまおうかとも思った。だが会社の先輩であると同時に人生の先輩でもある自分がそんな振る舞いをしていいのだろうか。それは高貴なる者の振る舞いではない(別に高貴な身分でもなんでもないが)。最悪の場合は終電を逃してタクシー帰りになることも覚悟した私はその争いの渦中に足を向けることにした。二人の間に割って入り、血気盛んな若い方の男性をまあまあここはひとつ穏便に……となだめようとしたところ、冒頭の惨劇になったという訳だ。補足しておくと先陣を切って乗り込んだN君は無傷だった。
 
いつの間にか私たちの周囲は野次馬であふれていた。そして心やさしき人たちが血だらけになった私の顔面をポケットティッシュで止血してくれたり、あるいは持ち合わせていた絆創膏で応急処置をしてくれたりした。大声で駅員を呼んでいる人もいた。
 
予想外の出来事が起きた時、人間の本質が問われる気がする。先日某県で起きた銃撃事件、最初の銃声でとっさに身を伏せるとか、弱者をかばう体勢を取った人はどれだけいただろう。きっと大抵の人は予期せぬ出来事に体が反応しなかったのではないか。私は殴られたことでアドレナリン的なものが分泌されて気がかなり動転していた一方で、誰に指図されるでもなく自らの意思でアカの他人である私を助けてくれる心やさしき人たちがいたという事実に、安らぎにも似た感情を抱いたのだった。
 
その後、通報を受けて駆けつけた警察官により事態は収められたものの、私はパトカー乗車や取り調べ、弁護士・検察官とのやり取りなど人生初のオンパレードを数週にわたり経験することになった。もちろんその日の終電は逃したし、妻や職場のみんなにも心配を掛けてしまった。それから約1か月後、私を殴打した相手方から最終的に示談金として50万円を受け取り、本件は一件落着となった。体が資本、まさに体を張ってゲットしたお金と言えなくもないが、相手がもし後先を考えない凶暴な性格だったら今ごろどうなっていたかわからない。
 
ちなみに私は毎年正月に関東厄除け三大師のひとつである西新井大師で厄除けをしているのだが、前厄だった2016年は帯状疱疹で苦しみ、本厄であるこの年はご覧のように警察のご厄介になってしまった(さらに翌年の後厄では財布を落とすことになるのだが、この時の私にはそれを知る術はない)。本当に厄災を回避できているのかは疑問だが、命を落とさなかっただけでもその効果はあったと思うことにしている。刃傷沙汰のところを顔面殴打で済む厄除けや厄払い、ぜひみなさんもお近くの神社やお寺へ行ってみてはいかがだろうか。そしてもし、あなたが突然の争いごとに巻き込まれ負傷した人を見かけることがあったなら、できる範囲で構わないのでやさしさの手を差し伸べて欲しい。私もあなたが同じ目に遭ったときにそれができるよう、鞄にはいつもポケットティッシュと絆創膏を携帯している。
 
 
 
 
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2022-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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