メディアグランプリ

ぐりとぐら、そして子ねずみ。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:欅あかね(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
本を探していた。
 
いつもと違う書店なので、勝手がわからない。
絵本コーナーに通りかかると、懐かしい本があった。
 
「ぐりとぐら」
 
あの大きなカステラケーキに、ワクワクした人は多いことだろう。
私もその一人だ。
久しぶりに手に取って眺めていると、あまいにおいが蘇ってきた。
 
「お母さん、「ぐりとぐら」のケーキ、つくってよぉ!」
 
何度となく、母に懇願したことだろう。
 
双子の仲良し野ねずみが、大きな卵を見つけて、フライパンで焼き上げたのが、件のカステラケーキだ。絵本で読んで、いっしょに、焼きたてのカステラケーキをぱくっと食べているシーンを何度想像したことだろう。
 
すごくおいしんだろうな。
 
繰り返し読んでは、想像でモグモグ。
何度も何度もお願いしては、母を困らせていた。
 
小学生だったころのおやつといえば、おせんべいだったり、あめ玉だったり、たまには、蒸しパンもあったが、取り皿にわけられたケーキの記憶は、ほとんどない。
誕生日など特別な日に、誰かが街中に行かない限り、おやつになることはなかった。
 
「これは使えないかしらね?」
 
ある日、家の物置から、使い古しの魚焼き器を母が出してきた。
保育園児だったころ、若くして病気で亡くなった、大好きな叔母の形見だ。
今の時代と違って、シンプルな機能だけの魚焼き器。コンセントを差し込み、スイッチを入れると、熱くなる。まだ十分使えるらしい。
 
「何を作るの? お魚なら、ガスコンロで焼けるよね?」
 
小さな私の疑問に、母はニヤニヤしていた。
 
「できあがってからのお楽しみ~」
 
母は、ママ友の集まりなのか、何かの集まりに頻繁に出かけるようになった。
朝食の焼鮭に、その魚焼き器が使われている形跡もなく、いつもと変わらない日がしばらく続いた。
 
「今日は早く上がっておいで。おやつ作るから」
 
朝、出かける前に、母が声をかけてきた。
料理上手な母が、わざわざ「おやつを作る」と明言するときは、手のかかったおやつが出てくることは間違いない。
 
ピーナツプリン?
でも、落花生の殻むき、手伝ってないよ?
さつまいものお焼き?
でも、さつまいもの時期じゃないよね?
 
頭の中が、? だらけになりながらも、手のこんだおやつが出てくることには違いないので、元気よく「はーい」と返事をして、学校へ出かけた。
 
放課後、友達と遊ぶ約束もせず、真っ先に帰宅した。
玄関を勢いよく開けると、あまーい、ときどき、焼けこげたような、不思議なにおいがした。
 
「ぐりとぐら」のケーキ?
 
においの正体を確かめるべく、居間の扉を開ける。
 
「おかえり~。ちょっと待ってねえ」
 
母がニコニコしながら、軍手片手に、叔母の魚焼き器と格闘していた。
魚焼き器の蓋を開けると、そこには焼きたてほやほやの、直径8センチくらいの小さな丸いケーキが4つ入っていた。
 
「わあ~、焼きたてだ!」
「それはなあに?」
 
「マドレーヌだよ」
 
マドレーヌは、フランス発祥の焼き菓子だという。
原材料は、小麦粉、バター、卵……説明を聞いている途中で、私の頭の中は、「ぐりとぐら」のケーキといっしょになった。
 
テーブルの上には、いくつもの丸いマドレーヌが拡がっている。
 
焼きムラだらけのマドレーヌ。
生焼けっぽいマドレーヌ。
真っ黒クロスケなマドレーヌ。
これから焼こうとしているマドレーヌ。
 
テーブルのマドレーヌもあわせて、どのくらいの時間がかかったことだろう。
 
娘のわがままを叶えるべく、何時間も何時間も格闘したはずだ。
それを思っただけで、胸がいっぱいになった。
 
それにも増して、焼きたてのマドレーヌがとっても嬉しくて、ちょっと焦げていても、
「やめなさい」
と母に叱られるのも無視して、むしゃむしゃ食べた。
 
「ぐりとぐら」の大きなカステラケーキに比べたら小さいけれど、このマドレーヌは、まぎれもなく、お母さんの手作りカステラケーキに違いなかった。
 
娘のあまりの喜びようにスイッチが入ったのか、母はお菓子教室に通うようになった。
コツもつかみ、焼けこげもなく、こんがりとしたマドレーヌが焼けるようになったころ、魚焼き器はお役目を全うし、知り合いからもらったガスオーブンへ選手交代していた。
 
春休みに親せきが集まるころになると、マドレーヌを何十個も焼いた。
私は、型に入った生地の上に、アーモンドスライスやゼリーの砂糖漬けのトッピング、焼きあがって冷めると、一つ一つ袋に詰めるお手伝いをした。見た目はお菓子屋さんで買ったものと遜色ない。
 
「ホントに、家で作ったんか?」
親せきの驚きの表情に、あたかも自分が作ったように得意げになりながら、ちょこまかと走り回っては、みんなに配っていた。まるで、ぐりとぐらが、森じゅうの仲間たちとあのカステラケーキを味わうシーンのように、いとこたちと楽しく食べた。
 
定番のマドレーヌ。
蒸かしたさつまいもは、モンブランに大変身。
フルーツ盛りだくさんのクリスマスケーキ。
私が成長すると、洋酒がしっかり染みこんだブランデーケーキ……
 
母のレパートリーはどんどん増えていく。
そして、できあがる都度、うろちょろと、つまみ食いをしては、
「こら、子ねずみ!」
と、母にあきれられる始末だった。
 
「もうメンドクサイから、焼かないよ。東京でおいしいの、買ってきてよ」
 
実家を離れてから、もう焼かなくなって久しい。
ある程度、お金を出せば、いくらでもおいしいものは手に入る時代だ。
でも、どんな有名パティシエであっても、母の焼けこげマドレーヌに敵うものはない。
 
「ぐりとぐら」を読みながら、あまくて焼きたてのおいしいにおいを思い出す。
この夏は、デパ地下の焼きたてで有名な、フィナンシェを買って帰省しようか。
母と懐かしい話をしながら、いっしょに食べよう。
 
 
 
 
***

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2022-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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