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何かが、写っている


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:光山ミツロウ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
「13万か、それか12万でもいいよ? こんなとこで欲を出しても、しょうがないからさ」と父。
 
「いや、相場は15万みたいよ? ほら、見てみてよ、同じもの出品してる人で、16万とか、ほら、17万の人もいるくらいよ! ね? せめて15万よ、ここは」と母。
 
久しぶりに実家に顔を出した息子(私)との会話もそこそこに、父と母は2人して顔を寄せ合い、スマホ画面を覗き込んでいた。
 
せめて15万にしたい旨、何のてらいもなく言葉に出せてしまう欲望まる出しの母と、13万でよかろうと、家族の前でも無欲を装う、妙に見栄っ張りな父。
 
そのどちらの目にも、ドルマークが浮かんでいたのを、私は見逃さなかった。
2人して「捕らぬ狸の皮算用」をしているのは明らかだった。
 
ここまでとは思わなかった。
 
無論、近くに住む姉から聞いてはいた。
 
「最近さ、お母さんたち、フリマアプリにハマってるみたいでさ、しかも結構すぐ売れてて、なんか調子のってるみたいなのよ。で、次はお父さんの大物、出すみたいよ」と。
 
読み終わった新刊本、何年も着ていないブランド物のサマーセーター、有名な陶芸家の、しかし普段使いには適さない芸術的なコーヒーカップ等々、フリマアプリを開始して以来、2人は順調に勝ち星を挙げているらしく、明らかに調子づいていた。
 
「最近、忙しくてね。いいねとか、コメントもあるし、あと発送もあるのよ、これが」
 
そういえば最近、母とたまに電話で話すと、妙に明るい声音での、忙しいアピールをしてはいた。
 
良く言えば悠々自適、悪く言えば暇……な老夫婦にとって、断捨離で気分転換にもなるフリマアプリが、生活の程よい刺激になってくれれば、とは、離れて暮らす息子として思ってはいた。
 
が、ここまで目の色を変えているとは、というか、目をドルマークにしているとは、全く予想外だった。
 
姉によると、きっかけは数週間ほど前、とのことだった。
 
テレビや雑誌の情報に影響を受けやすい母。
フリマアプリによる不用品の断捨離が、「終活」をしている中高年の間で静かなブームになっていると知るやいなや、どこから嗅ぎつけてきたのか、街の携帯ショップで開催されているフリマアプリ教室に早速参加したらしいのだった。
 
当日、参加者は母ひとりだったらしく、講師の方とマンツーマンでみっちり2時間、フリマアプリのあれこれを習得してきた母。
 
早速その晩、読み終えたばかりの新刊本を試しに出品してみたところ、なんと翌日、それ相当の高値で売れたらしいのだった。
 
母は暇さえあれば本を読んでいる読書好きで、街の書店や古本屋にも足繁く通っている。
そんな彼女が、新刊本とはいえ、古本屋で売るよりもはるかに高い値段で本が売れたことに、さぞびっくりしたことは、容易に想像がつく。
 
無論、フリマアプリの威力に味をしめてしまったことにも、悲しいかな、容易に想像がつく。
 
そこから母は、物持ちの父を巻き込んでは、不用品を出品すること数回、ビギナーズラックよろしく連戦連勝し、妙な自信をつけてしまったらしいのだった。
 
そしていよいよ、これまでとはケタが違う父所有の大物を出品してはどうかと、家族会議を開くこと数回、母の自信に押されるかたちで父もその気になり、ようやっと13万だの15万だのといった、値段設定をする最終コーナーまでこぎ着けていたのだった。
 
「よし、じゃあ、15万でね。とりあえず写真、撮らないと」と母。
 
「15万……まあ、いいかあ。じゃあ、座敷に運ぶよ?」と父。
 
そうして自室の奥に消えた父は、しばらくして見覚えのある大物を、その両腕に抱えて戻って来た。
 
それは、とある楽器だった。
定年後、何か趣味を始めたいと、父が奮発して買った、しかし今は全く触れてもいない、ウン十万もする和楽器だった。
 
普段は客間として使っている座敷の部屋で、目をドルマークにした2人の撮影会が始まった。
 
無論、素人のそれである。
ましてや、スマホの操作もままならない老人2人。
 
アプリ教室で習った通りにしたいのか、出品画像へのこだわりが無駄に強いカメラ担当の母。
一方、とりあえず映ってさえいればいいんじゃないか、という主義主張を、言葉ではなくその苦笑した表情でもって体現する父。
 
そんな2人がそれぞれ勝手に動くものだから、段取りが悪いとか、もっと効率良くとか、そんなレベルでさえもない撮影現場のあり様だった。
 
「お父さん、手が写ってる! もっと傾けて!」
「後ろの座布団も入っちゃうだろ? もっとカメラの位置を上げたほうが良くないか」
「んもうっ、ちょっと黙ってて! どこに保存したか分からなくなっちゃったじゃない!」
「今更だけど、部屋暗いだろ? 蛍光灯、点けなくていいのか」
「そういうの、先に言ってよ!」
 
座卓に鎮座した和楽器を中心に、ああでもない、こうでもないと、老人2人の撮影会は一向に終わる気配がなかった。
 
彼らと違って目がドルマークになっていない私は、半ば呆れて、掛け合いをする2人を、ただただ見守るしかなかった。
 
が、しばらくして私は、彼らの異変……ではなく、自分の異変に気付いて、愕然とした。
 
「え、なにこれ……」
 
自分でも驚いた。
こんな感情になるなんて、と思った。
 
そう、私はあろうことか、感極まっていたのだ。
 
夫婦漫才よろしく掛け合いをしている高齢の両親を前にして、私は不覚にも、目頭を熱くしていたのだった。
 
私は、私の記憶にかすかに残る、とある両親の姿を思い出していた。
 
それは、まだ私が幼い頃、不規則に動く私を、何とかフィルムカメラに収めようと、ああでもない、こうでもないと、私を中心に2人して、楽しく笑いあっている若い両親の姿だった。
 
思えば、両親が2人して何かをやっている姿を間近に見るのは久しぶりだった。
その光景が一気に、私の記憶を呼び起こしたのかもしれない。
 
「幼い自分もこんな風に、この2人の中心にいたってことか……」
 
和楽器を中心にして、あれこれと動き回る年老いた両親を見ながら、私は、よちよち歩きで動き回る幼い私と、その私をフィルムカメラで追う若い両親の姿を、ひとつの映像として頭の中で再生していたのだった。
 
「ふぅ、何とか良いの撮れたよ。ミツロウ、どう?」
 
人知れず感極まり、ぼーっとしていた私に、上気した表情で母がスマホの写真を見せてきた。
 
そこには和楽器が、いろんな角度から、何枚も、とても綺麗に、まんべんなく写っていた。
 
無論、写っているのは和楽器だった。
 
が、私には何か別のものが、いろんな角度から、何枚も、とても綺麗に、まんべんなく写っているように見えたのだった。
 
「ありがとう」
 
そう心の中でつぶやく以外、私には何も答えることが出来なかった。
 
 
 
 
***

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2022-07-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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