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いつだって、ここから始めてみれば


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:今村真緒(ライティング・ゼミNEO)
 
 
冷たい廊下の片隅で、黒ずくめで揃えた衣装の私たちは身を寄せ合っていた。
暖房が入っているホールとは違って、控室から舞台袖に向かう廊下は冬の曇天のせいか薄暗くて冷え冷えとしていた。
MCが、「エントリーナンバー6番!」と私たちの2つ前のグループ名を高らかにコールしているのが聞こえた。
 
「もうすぐだね」
誰からともなく、声を掛け合う。緊張のせいか、みんなの笑顔がぎこちない。目の合った一人と手を握り合うが、どちらの手先も氷のように冷たく小刻みに震えているのだ。
「深呼吸しよう!」
私の妹が率先して「フーッ」と息を吐いたのに続いて、ほかの4人も一斉に大きく息を吐きだした。一息つくと、あまりにも緊張している自分たちがおかしくなって、みんなで笑い合った。
「大丈夫。いつも通り楽しんでいこう」
互いに背中を叩き合うと、フッと体の力が抜けた。私たちがアカペラコンテストに挑戦するのは、これで3回目だった。
 
私たちの1つ前に歌い終わった大学生グループが、やり終えた後の充実感を滲ませながら舞台袖に戻ってきた。
「お疲れ様でした」
そうねぎらうと、彼らはキラキラした笑顔で「頑張ってください!」と真っ直ぐな視線を向けた。そうだよね。私たちも自分たちの歌を届けたい。ビクビクしながら歌っても楽しさは伝わらない。緊張に飲み込まれそうな中、とにかく集中しようと出番が来るまで目を閉じた。
「エントリーナンバー8番!」
ついに私たちの番がやってきた。ここまで来れば、あとは息を合わせて私たちの声を重ねるだけ。薄暗い舞台袖から、煌々とライトが光る舞台へと私たちは背筋を伸ばして進んでいった。
 
私がアカペラコーラスを始めたのは、娘が保育園の頃だった。実家でピアノや歌を教えている妹のリズム教室に、娘が通うようになったのがきっかけだ。付き添いではあったけれど、忙しい日々の間に音楽に触れると、何だかホッと癒される思いがしていた。もともと歌が好きだった私に、妹が一緒にコーラスをやらないかと声を掛けてくれたときには、続けられるか悩む前に頷いてしまっていた。
 
メンバーは、妹と私のほかに女性ばかりの3人が加わった。子どもがいる私にみんなが時間を合わせてくれて、練習は毎週木曜日の20時からとなった。歌っていると、いつもあっという間に時間が経ってしまう。練習後にお茶を飲んで話す時間も、私にとっては楽しい時間だった。練習ばかりでなく何か目標を持った方がいいよねということで、他市で行われるアカペラコンテスト出場を目指すことになり、私たちの練習にはますます熱がこもっていった。
 
コンテスト挑戦1回目は、緊張している間に終わってしまった。5人で反省し、場数を踏まないと成長しないということで妹のピアノの発表会でも歌うようになった。2回目は、少しコンテストの雰囲気には慣れたものの、自分たちの改善点や他のグループとの差別化を真剣に考え始めた。そのときも結果を出せなかったが、出場するだけでなく何とか賞に食い込みたいと貪欲になり始めた。
 
そして迎えた3回目、相変わらず緊張はしていても私たちの目つきは以前とは変わったと思う。寒い時期に開催されるこの舞台に体が硬くなるのはいつものことだけれど、回を重ねるごとに冷静になれる部分もでてきた。毎回ヒリヒリとしたプレッシャーを感じるけれど、「よし、やってやろう」という意気込みを持てるようになったのだ。
 
明るかった舞台の照明が落ち、スポットライトが私たちを照らす。妹が音程を合わせるために調子笛を軽く吹き、5人で音取りをする。
「ワン、ツ―」
妹が指揮をするように手首を向こうに放った瞬間、私は最初のメロディーを歌い出した。主旋律を私が歌い、他の4人がそれぞれの音域で声を重ねていく。スポットライトが当たっているからか、眩しくて観客の顔は良く見えない。それが却って、私たちだけがこの場に居るように感じられて5人の結束が強まっていく。
 
いよいよ、ラストのサビの部分までやってきた。
集中が途切れることのないよう、アイコンタクトで互いのボルテージを保つ。
そして、最後に5人のハーモニーがピタリと重なった瞬間、私の体にゾワッと鳥肌が立った。
 
十数組の出場者の中、優勝したのは私たちの1つ前の大学生グループだった。各地のコンテストに参戦しているらしく、優勝候補の実力と折り紙付きだったから納得だ。
そして思いがけないことに、私たちは審査員賞をいただいた。発表されたとき自分たちだと思わずポカンとしていたけれど、一転ワッと歓声を上げて抱き合い、商品として頂いた10キロのお米は1/5ずつ分け合った。
 
それから、私たちはアカペラコンテスト入賞の常連になった、となればカッコいいのだが、人生そう上手くはいかない。
その後、私は体調を崩すことが増え、仕事と家庭の両立で精一杯になっていた。マッチの火が消えるように私の気力は燃え尽き、コーラスのメンバーから抜けることになった。自分の状況や全うすべき役割などにがんじがらめになり、歌うという楽しみすら「そんな場合ではない」と押し込めてしまったのだ。そうして、本当は続けたいのにそうできないというジレンマがずっと胸の奥底に燻ったまま、10年が過ぎた。
 
子育てが終わり自分の時間が取れるようになった今、また歌いたいと思うようになった。妹に相談してみると、当時のメンバーの一人も同じ思いだったようだ。勢いを得て、先月から3人で再び練習を始めることになった。歌を教えている妹に、私たち2人がレッスンを受ける形だ。
久しぶりの練習は、音程やリズム取りがおぼつかないこともあるし、まだまだ声量も小さい。だけど、今から始めたって仕方ないなんて思わずに、いつだってやろうと思ったところから始めればいいと思っている。当時気づけなかったことが、今になって理解できたりすることがあるのもリスタートの面白さだったりする。
当面の目標は、来年の妹の教室のピアノ発表会にアカペラコーラスで参加することだ。それまでに声の出し方をやり直して、レパートリーも増やしたい。やるべきことはたくさんあるけれど、なぜか私たちは、その舞台に楽しんで立つ姿をすでに思い描けている気がする。少なくとも私には、アイコンタクトをした瞬間にその景色を共有できたように思えた。
 
 
 
 
***
 
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2022-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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