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差出人不明の宅配便

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:秋田梨沙(ライティング・ゼミNEO)
 
 
宅配便を受け取ったはいいものの、ポチッとした記憶がない。
まして、クール便である。寝ぼけてうっかり押してしまったとも思えない。ガチャリと閉じた玄関扉の横で、頼りない記憶をさかのぼる。
 
「何が届いたのー!」
リビングからドタドタと走ってきた次男の顔を見て、ようやくピンときた。
「あ、おばあちゃんがパパの誕生日にアイス送ったって言ってたわ!」
「アイス? やったー!」
私から段ボールを強奪した息子は、ラガーマンのごときスピードでリビングに戻っていった。すぐさまガムテープがバリバリ剥がされる音がする。やれやれ、冷凍庫に全部入り切るだろうか。食べる前から頭が痛い。冷凍庫と対峙する母の悩みにも気が付かず、息子は鼻歌まじりに段ボールを開封している。
 
「アイス! アイス! あ……いす?」
ピタリと陽気な歌が止んだ。不信に思って振り返ると、テープを剥がし終えた息子の顔が引き攣っている。
「ねぇ、ママ? これアイスじゃないよ?」
目を細めた5歳児に睨まれた。顔に「母、嘘つき」と書いてある。けれど言われたこちらも驚きである。じゃぁ、一体なにが届いたというのか。私も身を乗り出して段ボールの中を覗いた。
 
「え……」
 
箱の中は一面、緑が広がっていた。新鮮野菜の詰め合わせである。
 
なんだこれは。誰が頼んだ。
 
恐怖の野菜の出現に、頭の中が高速回転し始める。もしや別のお宅の荷物が誤って我が家に届いたのかもしれない。前にも一度そういうことがあったではないか。慌てて息子によってぐちゃぐちゃにされた伝票を確認する。
「いや、合ってるわ……」
お届け先は紛れもなく私の名前になっている。では、誰かの贈り物だろうか。しかし、差出人が京都の八百屋さんの名前になっていて、わからない。
京都? 親戚も住んでいないぞ。
箱の中をゴソゴソしても、ヒントになりそうな案内も何も入っていない。なんだか脇の下に変な汗をかいてきた。
「何してんの?」
ひとりオロオロする私に、夫が声をかけてくる。
「えっと、なんか知らない野菜が……届きまして……」
「は?」
不信感の塊のような目で私を見ないで欲しい。
「ちょ、ちょっとメールを確認します。何か頼んでたかなぁ?」
オイシックスで予約か何かしたんだろうか。全く記憶にないけれど。さらに背中を嫌な汗がつたっていく。
「誰かから連絡なかったの? 何か懸賞に当たったとか?」
夫も私の記憶を呼び覚まそうと努力するが、私の体温はどんどん上がるばかりである。
ない、何もない。購入履歴も懸賞に応募した形跡も何もない。
なんなんだ、なんだこの野菜は! 勝手に送りつけるという何かしらの詐欺か?
どうしよう、開けちゃったよ。どうすればいいんだー!
 
もう一度、箱の中身を覗いてみる。
 
バジル、オクラ、トウモロコシ、ナス1、ナス2、キュウリ、名前のわからない葉物などなど。どれも瑞々しくて、大変おいしそうな野菜である。詐欺を働くにしては、立派だ。絶対にちゃんとした出自の野菜である。もう一度、よく考えよう。
 
よく見れば、野菜を包んでいる袋に同じシールが貼られていることに気がつく。
「鉄ミネラル」
この単語には見覚えがあった。見覚えはあるが、そんなはずはない。私の知り合いの中で、この単語と関わりのある人が1人だけいるのだけれど、まさかな、と思う。なにしろ彼女には1度しか会ったことがないのだ。ただ、知り合ってからは、2年ほど経っている。なくは、ないのだろうが……。白いシールを眺め、ハッと数日前に彼女と交わした言葉を思い出した。
 
「今、家族が自宅療養中なんですよ」
 
メッセンジャーのやりとりの中で、そんな一文を送ったのだ。
 
今、私が引きこもり生活を送っていることを知っている人。
その大変さを知っている人。
美味しい野菜を知っている人。
 
確かに、一度しか会ったことはない。
けれど、こんなサービス精神あふれたお見舞いを送ってくれるのは、彼女しかいないだろう。
 
「思い当たる人がいたよ。メッセージしてみる」
不信がる夫にキッパリと言う。数分後、彼女からの返信が来た。
 
「ごめん、伝えるの忘れてた!」
 やっぱり! と推理の的中に酔いしれながら、改めて彼女の優しさと行動力に感心する。私なら咄嗟にお見舞いを送ることなんかできただろうか。私に伝え忘れてしまう辺りは、なんともおっちょこちょいで可愛らしいが、そんなところも、彼女の書く文章そのままの人柄で、なんだかホッとした。
 
2年前、彼女とは、この記事が掲載されている天狼院書店のライティング・ゼミで出会った。遠く離れた愛知と広島で、4ヶ月間、毎週お互いの提出する記事を読んでいた。掲載されても、されなくても、こっそり読んでは、参考にしたり、嫉妬したりを繰り返して4ヶ月を無言で戦った。そして、4ヶ月が終わったある日、今日みたいに突然彼女から連絡が来たのだった。以来、お互い、というより私がいつも励ましてもらいながら、この関係は続いている。
 
夕食で丸ごとかじったキュウリは、そんな彼女みたいな、気持ちいい音がした。
 
 
 
 
***
 
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