メディアグランプリ

私を長年支えてくれたベストパートナー


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:牧 奈穂(ライティング・ゼミNEO)
 
 
今から18年前、私は、小さな英会話スクールをオープンさせた。
独立することは、英会話講師を始めてからの夢で、8年間かけてようやく踏み切ることとなる。自宅の小さな部屋からのスタートではあったが、期待はとても大きかった。
「夢が叶う」
この言葉を心底噛み締めて実感できたのは、あの時だけだった気がする。小さなスタートの中に、可能性がたくさん散りばめられていた。
 
当時、塾の講師も掛け持ちでしていた私は、仕事の合間に、教室の備品を揃えながら、自宅教室のオープン準備をしていた。資金はほとんどない。スタートのために最低限必要なものは、テーブル、椅子、そしてホワイトボードだろう。わずかな資金の中で、これらの備品を用意することだけでも、私にはかなりキツかった。カタログをみては、サイズを測るが、なかなか部屋に合うものがない。そんな中、夫が新聞の折り込みチラシを見て、私に問いかけた。
「ホームセンターにあるホワイトボードがセールになってるよ! 大きさも良さそうだけど、どう?」
それを聞いて、売れる前にと慌てて買いに行った。こうして、教室の中に一番最初に届いた備品が、ホワイトボードとなった。
「ホワイトボードがあるだけで、教室らしい雰囲気が出るね……」
そう夫に言いながら、ホワイトボードを前にして、これから始まる教室の運営にワクワクしたことを覚えている。自分だけの教室は、まるでお城のようにも思え、これから新しく始める仕事について思いを巡らせたことが、今でも忘れられない。
 
スタートから12年間、ホワイトボードはずっと教室の中で活躍し、私を支えてくれた。私と共に歩んでくれたと言ってもいい。たった一人で教室を運営する中での、オープンニングスタッフとも言えるだろう。私が先生として働くのを、いつも隣で見守ってくれた大切な仕事のパートナーだ。
だが、12年の時を経て、引退の時がやってきた。息子の受験を視野に入れ、教室を閉じることになったからだ。戦友のような、パートナーのような存在だったホワイトボードは、役目を終えて、ただその場に置かれたままになった。いつしか、息子が描いた絵や自由研究をまとめた模造紙を飾るボードに代わり、そのまま息子の部屋の壁紙として、空気のように存在していた。
 
そしてつい最近、私が働く塾の中の英会話部門で、ホワイトボードを必要としている話を耳にした。
「今あるものは、少し使い勝手が悪いの。教室の中で、楽に動かせて、あまり大きすぎないホワイトボードを探しているのよ。ただ、新しいのを買わなくてもレッスンはできるから、買って欲しいとは言い出しにくくて……」
「それならば、もしよかったら、うちに小さめのホワイトボードがあるので、使いませんか?」
私はそう話を切り出してみた。
「もらってもいいの? もらえるならぜひ欲しい!」
 
嫁ぎ先が決まったかのように、嬉しい気持ちで息子の部屋に行き、ホワイトボードに飾られた息子の自由研究の模造紙を取り外す。もう、5〜6年使っていないホワイトボードは、埃だらけだ。壁のような存在のまま、そこに放置されたままでただ佇んでいた。放置していたくらいだから、「もらってもらえるならば、ゴミとして捨てなくて楽だ……」とさえ思っていたのに、いざ送り出そうとすると、パートナーだった思い出が蘇る。
あの当時の記憶が、鮮明に浮かんでくる。スタートした時に、資金がなくて、セール品を探したこと、ホワイトボードが家に届いた時の喜び、夢が叶ったと思えたあの瞬間、全てが思い出されて、まるで大切な子をお嫁に出すような、切ない気持ちに突然襲われた。
きれいに拭いて、さっさと渡してしまおうとさえ思っていたのに、切なさが込み上げて埃を拭き取ることさえできずにいる。
埃は、過ぎ去った年月を表すかのようだ。ホワイトボードについていた汚れが、当時の私の心を呼び起こす。「モノ」を通して、自分自身の心が再現されたような気がした。
 
人もモノも、別れは切ない。そこには、きっと一緒に過ごした時間が見え隠れするからだろう。箱に入れて保存できない時間を感じるからこそ、切なさがある。だが、別れの先には、新たな出会いも待っているものだ。
時間をかけ、丁寧に埃を拭き取りながら、当時の教室で夢を描いていた自分自身を思い出していた。埃を拭く作業は、まるで別れの儀式のようだった。
 
ホワイトボードには、また新たな世界で、現役として活躍してほしい。私を支え、私を幸せにしてくれたように、次なる持ち主を支えてほしい。そして、明るい子供たちの声に囲まれながら、私ではない新しいパートナーと、新たな幸せを紡ぎ出してほしい。別れは少し切ないけれど、私と12年間一緒に働いてくれた、ベストパートナーの新たな門出を、笑顔で祝福してあげよう。
「これで、本当に全てなくなってしまうなぁ……」
走馬灯のように12年間を思い出しながら、大切なものを手放そうとしている自分に気づいた。埃を丁寧に拭き続けながら、ふとそんなことを感じたひと時だった。
 
 
 
 
***
 
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2022-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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