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女子のランチは噂がスパイス


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:赤羽かなえ(ライティング・ゼミNEO)
 
 
食事を終えた私達親子は、足早に出口に向かった。
 
自動扉が唸りながら開くと、夏の空気が私達を待っていた。
後ろから、ありがとうございましたーと店員の声がこだまする。
 
目の前の駐車場にとめてある車に乗り込んでエンジンをかける。
 
「あの3人の話聞いてた? エンドウくん、気の毒すぎる!」
 
「わかる! エンドウくん、プライバシー、ダダ洩れ!」
 
「女子こわっ、ああいう風に噂って言うのは広まるんだねえ」
 
3人とも黙っていたけど、おんなじことを思っていたのだと分かって、笑いがこみあげてきた。
 
先程までご飯を食べていた店の中で起こった出来事だ。
店は、お昼時だったということもあって、人がどんどん入ってきていた。私達が食券を買って中に入ると、店員に「テーブル席を横に詰めて下さい」と指示された。
 
昼時だから相席になりそうだ。
テーブルの奥の席に私達親子が横並びで座り、その後にすぐに来店した女子3人が衝立の向こう側に座った。
 
3人は、同じ会社に勤めているらしい。私服の女性が2人に、会社のつなぎを着た女性が1人。それぞれ部署が異なるようだ。3人とも、マスクをしたまま、ひそひそと話していた。
 
「そう言えばさ、エンドウくん、彼女できたらしいよ」
 
長い髪を垂らした女性が、機密情報とばかりに厳かに切り出した。少し日焼けした横顔にぶら下がったピアスが揺れる。
 
「あ、知ってます、知ってます」
 
待ってました、とばかりに、ショートカットの女性がそれに応える。
 
「え、マジで?」最初に口火を切った女性が驚いたように彼女を見た。
 
「私が友達を紹介したんですよ~」
 
「そうなんだ! エンドウくん、この間住所変更届を出しに来てね、1人で暮らすの? って聞いたら、イヤ2人です、って言うもんだからさ、思わず、『彼女?』って聞いちゃうよね。そうしたら、照れながら『はい』っていうから、もうかわいい~!」
 
口火を切ったピアス女子はどうやら総務か人事の担当のようだ。エンドウくんの住所変更から、今回の彼女情報を仕入れたらしい。
 
どこぞのエンドウくんか知らないけれど、めっちゃ噂になってますよ~。私は、麵をすすりながら耳がダンボにならざるを得なかった。
 
「前にね、エンドウくん、彼女いないって言ってたから、それで、私の友達に会ってみる? って聞いて、みんなで一緒に遊びに行ったんですよ。あのコめっちゃいい子だから、友達紹介してもいいなと思って。そうしたら、いい感じになったみたいで付き合い始めたみたい」
 
「わー、エンドウくんやる~!」
 
真ん中に座っているつなぎ女子はエンドウくん情報を持ち合わせてはいない様子だったが、興味津々に合いの手をいれてくる。
 
「しかも、エンドウくん、彼女が飲み会の時には、わざわざ迎えに行くらしいよ。彼女がカワイイから心配だっていうのよ~!」
 
「やだ、エンドウくん優しい! 彼女、年下です?」
 
真ん中に座るつなぎ女子の反応でますます両端のエンドウくん情報がヒートアップする。
 
せっかく美味しいお店に来ているのに、麺の味を堪能するどころではなかった。子ども達とそれぞれの頼んだものを交換しながらも、エンドウくんの話が気になって、気もそぞろになる。
 
「彼女は私と同い年だよ、エンドウくんの3個上。年下の彼が初めてだからかわいくて仕方がないみたい」
 
彼女を紹介した女子が嬉しそうに答える。
 
「うわ、年上~!」
 
つなぎ女子、いちいちテンションが高い! そして、反応が短いながら、ものすごい盛り上げ上手。
 
と、そこで、女子3人の前にも麺が届いた。3人は、マスクを外して、食事を始める。3人が食べることに集中し始めたので、話題は一旦途切れた。
 
心の中で舌打ちしながら、残りの麺を食べ進める。ようやく麺の味に集中できるようになったのに、なんだか残念に思えてしまう。
 
しかし、食事をしながらも、女子3人は器用に会話を続けていく。むしろマスクを外したから心なしか勢いがついた気がした。
 
エンドウくんの噂を始めた総務女子が、麺を一口食べた後でお茶を飲んでから再び口を開く。
 
「私ね、エンドウくんに聞いたのよ、同棲するって言うことは結婚も考えているの? って」
 
二人も水を飲みながら身を乗り出す。
 
「そうしたらさ、『まだ、そこまで具体的には話は進んでないけど、いつかは結婚出来たらいいなって思っています』って、しっかりしていていい子よね~」
 
「おお、さすが、エンドウくん!」
 
合いの手つなぎ女子が、拍手をしている。
 
「それでさ、私、エンドウくんに言ったのよ。この話は、工場長には内緒にしておくから、本当に結婚することになったら、まず、工場長に言いなさいねって。絶対に喜んでくれるからちゃんと報告するのよって」
 
2人は大きくうなずく。
 
いやいやいや、今ここで、噂してたら、本人の意志関係なく工場長までそのうち届くでしょ。エンドウくーん、あなたの住所変更から、話がまき散らされて、工場長のもとに届くのは時間の問題ですよ~!
 
心の中で散々ツッコミを入れ、もう笑う寸前になって、逃げるように店の外に飛び出したのだ。
 
「あー、おかしかった。かわいそうだねえ、エンドウくん」
 
私が笑いながら言うと、息子がつぶやいた。
 
「エンドウくんは、きっと仙人みたいな人なんだろうねえ」
 
私も大きくうなずいた。確かに、噂話で気の毒なくらいにプライバシーを踏みにじられていたけど、彼女たちは、3人ともエンドウくんの悪口も言わず、彼女ができたことを心の底から喜んでいた。
 
見たこともないエンドウくんだったけど、女子たちの話に困ったように笑いながら、彼女のことを嬉しそうに話す姿がフワッと思い浮かんだ。想像の中のエンドウくんは、とても優しい笑顔を浮かべていた。
 
エンドウくん、噂は社内でめっちゃ広がるかもしれないけれど、心を強く持って、しなやかに生きてね。一度も会ったことのないけれど、女子ランチの極上スパイスになっていたエンドウくんが彼女と幸せに暮らすことを心から祈った。
 
エンドウくんと彼女に幸あれ!
 
 
 
 
***
 
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