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父との冷戦、その終わりは


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記事:小川直美(ライティングゼミ・平日コース)
 
 
父との関係は、長く続く私の宿題である。
 
父との仲が悪化したのは、私が小学校高学年のころだったろうか。
自分で言うのもなんだけど、私の反抗期はとてつもなかった。
以来、まともに会話をしたのは数えるほど。
30年間たった今も、要件を伝え合うことはあっても、雑談はほとんどしない。
 
まともな会話でないとはどういうことか。
幼く非力で未熟なものという前提があるようで心地悪く、対等な関係性が端から存在していない。
こちらの事情も斟酌せず、責めるような怒るような口調で一方的にまくしたてられることで、思い返してもとても会話と言える代物ではない。
 
でも、だが、しかし。
 
幼少期のかすかな記憶を思い返すと、父は優しくて家族思いでユーモアあふれる人だった。
例えば、仕事で出張先に何日か泊まった時は、怪しげに変装して帰ってきて、家族を驚かせたことがあった。
クリスマスプレゼントは、いつも家のどこかに隠されていて、兄と私は必死で探し回った。
よく、家族を笑わせてくれていた。
 
家族への思いが人一倍強い人。加えて、大の心配性だった。
兄や私が成長するにつれ、行動範囲や考えが父の想定を超えていく。
そのころから、関係がきしみはじめた。
 
心配性で愛情深い父は、子どもたちの行動を制限することで家族を守ろうとしていた(と、今なら思える)。
 
例えば、子が転ぶ経験をする。
見守るでもなく、転んだ時の立ち上がり方を教えるでも、
転んだあとに安心して帰ってこれる場所を用意するでもなく、
ただひたすら転ばないために、目の届く範囲にとどめ、未然にその場所を整えたうえで、さらに転ばない方法を教えようとする人だった。
 
実はそれ、子ども自身の成長機会を奪いかねない、逆に危険なやつだ。
 
子どもが、自分の望まない、または想定しない場面に立たされることが、内面では心配と不安でいっぱいだったのだろう。
心配を素直に表現できない父は、言うことを聞かせるために力で制圧した。それは私たちにとってはいつも突然で、有無を言わせない命令だった。
 
どんなに制限されたとしても、24時間、父とともにいることはできない。
子どもはいずれ、広い世界があることを知ってしまう。
兄が10歳、私が6歳あたりから、家の中は常に父の叱責と共にあった。
 
母と兄と私は、気難しい父を攻略する仲間として結束した。些細なことで波立たせないように運命共同体となり、父は孤立を深めていった。
父が帰宅すると、玄関から重い気配が家中を覆い、空気は一変した。それを合図に私と兄は音を立てないように自室へ退散する。
 
兄や私が進路を選択するような大きな節目では、我が家は揺れるほどもめた。もはや風物詩だった。
高校進学、大学進学、就職。私と父の考えはただの一度も折り合わなかった。
会話は平行線のまま時間切れ。片方が押し切る形で物事は進んでいった。
 
話せば、火花が散る。
分かりあえる言葉を持たない父とは、次第に言葉を交わさなくなった。
 
それでも、と思う。
私も、本当は知っている。
 
父がどれだけ家族を、私を気にかけているか。
その狂気に近いほどの真剣さを。
うざくて重いそれは、父自身にとっても重そうで、思えば思うほど伝わらないことが辛そうに見えたりもした。
 
泣いても喚いても無視しても、父は変わらなかった。
だからこの関係性を変えることを、あきらめた。
どちらも、ただただ下手くそだった。
だからこそ、30年も続いてしまった父と私の冷戦。
 
40歳を過ぎると、自分自身を縛る変なこだわりの無意味さに気づくようになるのだろうか。
「いつまでこれを続けるんだろう」という疑問が、ふつふつと私の中に立ち上がってきた。私自身が、摩耗した父との関係性を持ちつづけることに疲れてしまった。
 
父に変わってほしいと心底思ったこと。
苦しそうな父を救いたいと思ったこと。
自分の言動に、父と似たところを見つけた時の絶望感。
その気難しさを恨んだこと。
 
全部を、もう捨てることにした。
父には父の人生の課題があり、私には私の人生の課題がある。
人の課題に立ち入ることはできないし、そんな時間があれば自分の課題を前に進めることが大切だ。(これは、アドラーから学んだ考え方だ。)
 
私は一人の大人として、一人の大人に会いに、実家に帰る。
 
相変わらず、私たちは多くを話すわけではない。
父は私に近況を尋ねない。だから、私も話さない。
私は昔の辛かった時のことを蒸し返したり、しない。だから、父が謝ることはない。
 
ただ、時間をともに過ごすという、ささやかな実験。
 
冷戦の終結は、なんとも曖昧で、不確か。
和解の合意や宣言、まして握手などない。
 
表面上は何も変わらない。気まずさも十分に残っている。
でも、恐怖心が消えていたり、腫れ物を避ける緊張感が消えていたりはする。
お互いの内側にある変化に確信がなくても、新しい記憶で塗り替えていく。
 
それは、実家のキッチンや居間、それぞれの部屋で起きた古い記憶も同じで、新しい日常に塗り替えられていく。
 
その先の未来を明るく思い描くことはしない。
淡々と。粛々と。
小さな瞬間を重ねていく。
 
あと何年、何回。
一緒にいることで更新できるか分からないけれど、少しずつ宿題を進めていこう、と思う。

 
 
 
 
***
 
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2022-07-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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