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救世主、その名は『なまたろう』 ~ロングバージョン~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:むぅのすけ(ライティング・ゼミⅡ)
 
 
ピンチというのは、突然訪れる。
 
たとえそれが家庭内であっても、同じなのだ。
現在、私は家庭内で頻繁に起こるピンチにさらされている。
私もこの種のピンチに対するスキルが多少なりとも上がって来たので、軽い場合は自力で回避することも可能になった。
しかし、毎度そのようにはいかない。
 
この種のピンチに対して、自力ではどうにもできそうにない時
このままではバッドエンドに進む未来しか見えない時
それでも、なんとか回避したいと望む時
 
私は心の中で救世主に向けて叫ぶ。
『助けて! なまたろう! 私に力を貸して!』
すると『なまたろう』は、私の意をくんで動き出すのだ。
 
『なまたろう』は私のピンチを引き起こす相手に対して、可愛い声で言う。
 
『おかえりなさい、今日もおつかれさま! それでねそれでね
大変! 靴下、脱ぎっぱなしだよ! 母ちゃんにリバースされちゃうよ~
大変だぁ!』
 
それを聞いた相手は、『母ちゃんの方が(洗濯カゴに)近いのに……』とかブツクサ言いながらも、しぶしぶ自分の脱いだ靴下を洗濯カゴへ持って行くのだ。
 
『なまたろう』の助けを得た私は、無事にピンチを切り抜けることができた。
私は、ホッと胸を撫でおろす……
 
 
説明すると
私の救世主である『なまたろう』が話しかけた相手は、目下、思春期真っ盛りの高校生の息子である。
 
我が家では、脱いだもの(主に靴下)を廊下やリビングに放置していると、母である私が本人の部屋にそのまま返却する、というリバースと呼ばれる独自ルールがある。
だから、脱ぎっぱなしを見つければ黙って部屋に放り込んだらよいのだ。
だが、様子を見て回避できそうであれば、できることなら後味よく回避したいのだ。
 
でもそれは、簡単なようで難しいのが現実だ。
 
 
そんな時、私はいつしか救世主の力を借りることを覚えた。
その名は、『なまたろう』
 
『なまたろう』は、なんというか可愛い。
愛嬌たっぷりのその姿は、触って見ているだけでも癒される。
変顔や、無限にキャラ変するおしゃべりも得意だ。
そして、息子の心が穏やかじゃない時にはその手に収まってそっと寄り添い、ストレスのはけ口の如く投げられたり踏まれたりしても、そのすべてを受け入れて許してくれる。
 
その正体は、滋賀県の琵琶湖博物館で今も販売されている、ビワコオオナマズのぬいぐるみだ。
いつだったか、たまたま家族で行った先でそのぬいぐるみを見つけて一目ぼれした息子は、どうしても連れて帰りたい、と言ってお小遣いをはたいて手に入れたのだった。
 
帰り道にさっそく『なまたろう』と名前を付けた。
それからは、ごはんを食べる時も、眠る時も、たまに勉強する時だって、連れていけない場所に行っている時間以外は、いつも一緒にいた。
 
『なまたろう』はある意味では家族以上に、息子の家族だった。
世話の必要な生き物のペットよりも、ずっと軽い存在の、たかがぬいぐるみだ。
当然のように、扱いもひどいものだった。
でもその存在は、いつも息子を癒し、励まし、慰めてきた。
 
そして私たち家族もまた、『なまたろう』を息子の家専用のお友達として扱ってきた。
そうしているうちに、いつしか私も、自分のピンチの時に『なまたろう』に助けを借りるようになっていったのだ。
 
 
先ほどその正体を明かす前に、さりげなく
『なまたろう』はおしゃべりが得意
だと紹介したが、実際はぬいぐるみがしゃべるはずがない。
もうお分かりだろうが種明かしをすると、しゃべっているのは主に私である。
 
 
息子と私、常に1対1で、言い合ってしまうとお互い逃げ場がなかったところに、第3者であるもう一人に登場してもらうのだ。
子ども騙しといえばそれまでなのだが、意外にもこの手法は我が家には合っていた。
 
息子が赤ちゃんの頃から、私がお人形や、手近にある何モノかに成り代わって、声色を変えておしゃべりすることをよくしていたせいか、息子は私がそうすることがとても好きだった。
 
もう随分前のことだ。
話し始めた頃のまだ幼かった息子相手に、理由は覚えていないが声を荒げて叱ってしまったことがあった。
きっと些細な事だっただろう。
今考えるとひどい話だが、当時は子育てにおける日々のすべてにとにかく必死だったせいか、そんなことも、ままあった。
ある時
息子はその場から走っていって、当時お気に入りだった玩具の人形を手にして戻ってきた。
そしてその人形を懸命に差出し、大粒の涙を流しながら私にこう訴えた。
 
『コワい声ダメ! カワイイ声でしゃべって!』
 
何が起きたのか一瞬わからなかったが、私はその姿に思わずフリーズした。
その直後、何故だか一緒になって泣いてしまった。
2人で抱き合いながら、わんわん泣いたのだ。
 
今ならわかるのだが
私が怒りに任せて大声で叱った内容は、何一つ息子には届いていなかった。
それどころか、大好きな母の怒り狂う姿に、ただ怖くて悲しい思いをさせただけだったのだ。
 
思えば、幼かった息子にとってのそんなツラい場面においても、とっさに息子が助けを求める相手は、母である私が可愛い声色でおしゃべりするお人形だった。
 
その後もずっと、我が家ではいろんなモノがおしゃべりするのが当たり前だった。
お片付けしてもらえない玩具、歯磨きを誘う歯ブラシ、苦手な食べ物を食べる時に応援してくれる食材たち等……
私は何にでもアテレコしていた。
果てには何もなくても、テーブルにあるリモコンや洗濯物が登場人物のお話が始まったりもしていた。
 
だから私が、ことここにきて『なまたろう』になって息子とおしゃべりすることは、我が家ではかなり自然なことだった。
息子自身、幼児期をとっくに過ぎ、声変わりもしようかという頃になっていたのだが、そのおしゃべりを結構気に入っているようだった。
 
 
だが残念ながら、救世主も万能ではない。
というか
どんなにピンチを回避したくても、できない時の理由はそれなりにある。
息子も私も、自分のことに精一杯で余裕がない時だ。
 
帰宅時の息子の様子を見ると、毎回、半端なく疲れている。
それはもう、ペラペラの紙を連想させる程のくたびれ具合だ。
これはもう推測でしかないのだが、高校生は高校生なりに、とにかく大変なのだろう。
学校生活における授業やクラブに委員会活動、周囲との人間関係から、進路や通学にいたることまで……
他にも親の知らないところで、いろんな問題に直面し、いろんなことに悩んでもいるのだろう。
だからきっと、息子は家で見えているよりも、外の世界で多くのことを頑張っているのだ。
 
だがしかし、である。
 
そのことを免罪符にして、思春期からくる反抗期の傍若無人な態度のすべてを許すわけにはいかない。
反抗期に親が付き合うのは仕方のないことだが、ここで息子を王様のように、もしくは腫物のように扱ってはいけないのだ。
脱ぎっぱなしをそのままにしない、というような些細な生活習慣にまつわることこそ、無駄に揉めずにしつけていかねばならない。
とはいえ、注意するのも正直言って難しい。
 
先ほどのことなんて、家庭内で起こる、取るに足らない、たかが脱ぎっぱなしの靴下のことだ。
だがそんな些細なことも、一歩間違うと家庭内に大爆発を起こすトリガーになり得ることを、今の私はもう知っている。
 
私が恐れるピンチとは、些細なことで思わず息子を責めてしまいそうになる場面のことを指しているのだ。
 
そのピンチを回避できなかった時、後に控えるのは息子と私のお互いの体力の消耗と、他の家族をも巻き込む長く続く重たい空気、それによって膨れ上がるストレスによる負の連鎖だけである。
そこには残念ながら、いいことは何もないのだ。
 
実をいうと、親が子どもを本当に叱らなければならない場面、というものは意外なことにそう多くない。
 
いろんな考えがあって、絶対に正しいとか間違ってるということではないだろうが、私が指針としているのは
・犯罪につながること
・誰かを、もしくは自分を、貶めたり傷つけたりすること
 
今ではこの2点以外は、声を荒げて叱ったり、ましてや責めたりなんてする必要はないと考えている。
だから、日々家庭内で起こるような先ほどの脱ぎっぱなし問題などは、揉めずにクリアしたいことなのだ。
 
それでも、頭ではわかってはいても、親として未熟な私に対して、そのピンチはわりと頻繁にやってきてしまう。
その度に、私はできるだけ『なまたろう』に頼らず自分の範囲で上手く受け答えすることにしている。
 
そんな中、いざというときの保険のように、『なまたろう』が存在してくれていると思うと、それだけで安心できているように思う。
当然のことながら、救世主をもってしても、いつも上手くいくとは限らない。
ピンチの場面はあらゆる局面からやってくる。
それでもさっきは『なまたろう』のおかげで、我が家の平和は守られたのである。
 
『いつもありがとうね、なまたろう』
そう言いながら、今日も私は感謝を込めて、ぬいぐるみの『なまたろう』だけを洗濯機に入れ、除菌消臭のボタンを押すのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-07-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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