勝敗が見えない人生の危機
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:籔田聡(ライティング・ゼミ4月コース)
「籔田は、高校ではレギュラーにはなれない」
中学サッカー部の顧問に、最後の日に言われた言葉だ。顧問は一人一人に言葉を贈っていた。確かな記憶はないが、基本的に厳しい顧問だったので、他の部員にもそれなりに戒めに近い言葉を伝えていたとは思う。しかし、あまりにも具体的な予測は、他の部員に伝えている内容とは異質だった。
顧問は自分でも社会人リーグの選手兼監督をするぐらい、サッカーをよく理解していた。そして、私は中高一貫の学校に通っていたため、顧問は高校サッカー部のレベルというのをよく理解した上での発言なのだ。つまり、その予測は客観的にはかなり精度の高いものだった。私は決して上手くはないが、人より少しだけ足が速く、体を張ったプレーを真面目にやったおかげで、3年生の時には不動のレギュラーだった。
当時の自分にはショックしかなかった。なぜそんなネガティブなことを、あの場で言われたのか理解できなかった。そして年齢を重ねた今、その言葉の意図を理解できるようになった気がしている。
スポーツをプレーする人々の目的を大きく分けると3つある。1つ目は、プロとしてお金を稼ぐこと。2つ目は、娯楽として楽しむこと。3つ目が、教育・成長を目的にすること。学生の部活動は特に教育に重きを置かれる。教育と言っても意味合いは多岐に渡る。技術の習得という観点はもちろんだが、礼儀や協調性を学ぶなどの「人としての教育」の観点が部活ではよく言われる。
ところが教育の場として部活動のサッカーに対して、極端な勝利至上主義に警鐘を鳴らす言説をしばしば見かける。私の知る限りを要約すると、勝利至上主義の問題点は大きく主に2つだ。1つ目はその年代で勝つためのサッカーをすると、次の年代や大人になった時に通用しない選手になってしまう。2つ目は、勝利を目指すことで子ども達のプレー時間や経験値に極端な格差ができてしまい、一部の子ども達はプレーする時間や経験を得ることができず、勝利のための犠牲になってしまうことだ。一方で勝利を目指すことはスポーツをする上で大前提である。また、負ければ終わるトーナメントの大会もあるし、基本的に高いレベルでの試合をするには勝つ必要がある。組織の運営側や指導者も勝つことでしか評価されないという事実もあるだろう。
問題点に目を向ける時、1つ目については私は育成に対して素人なので詳しくはわからない。2つ目については、自分がプレーする立場だった経験から言えば、実際にプレー時間や得ることのできる経験に格差があるのは間違いない。具体的に言えば、サッカーならどのチームでも出場するのは11人、交代を入れても多くて20人ぐらいしか公式戦には出れない。1学年に40,50人いる学校も珍しくないことを考えれば、一度も公式戦に出ないまま引退するのは日常である。
この格差の是正をするために、サッカー部員の多い学校はBチームやCチームまでが公式戦のリーグに参加できるように変更されてきた。プレー時間を増やすこと自体は素晴らしい取り組みだと思う。ただ、スポーツである以上競争があり、勝敗があるのは事実で誰も逃げることはできない。そして「厳しい競争の世界に晒される」ことや、「明確な勝利と敗北を経験する」こと、「競争に負けた時に、待ち受ける不遇な環境を知ること」自体が、非常に重要な経験なのではと考えるようになった。
元Jリーガーの井筒陸也さんが書いた「敗北のスポーツ学」に、彼がキャプテンとして大学サッカーで日本一になった時のエピソードを語っている。
「しばらくして、僕とチームのナンバー2である主務の元に、日本一になったあの日の集合写真が届きます。すると、彼は僕が気がつかなかったあることを指摘します。
「後ろの奴らが笑ってない」
僕を含む出場メンバーと4年生が歓喜するその後方で、虚な表情で立ち尽くすメンバー外の1年生、2年生、3年生たちの姿が、そこにはハッキリと映っていたのです。」
井筒さんはこの事実に向き合うことを出発点にして、プロサッカー選手をしながら「スポーツとは何か?」を考えを発信している。
これは私の解釈だが、普通は「優勝」というそれ以上ない結果を手に入れた時、笑っていない奴らのことは見ない振りをする。そこに向き合うことは、決して楽しいものではないし、「優勝」するために自分たちも頑張ってきたのだ。しかし、チームの中には試合をする前に、すでに争いに負けたメンバーがたくさんいるのも事実だ。同じチームだが、試合に出た人間と、外で応援している人間は明確に差があるのだ。
サッカーは出場したメンバーが勝利の主役である。レギュラー争い勝ち、試合の勝利に貢献することは、全員に等しく訪れない経験だからこそ重要だとも言える。一方でメンバー外の学生達が虚な表情で写真に映る経験も、私は重要なのでは無いかと思う。
社会人になると、営業コンペ、出世競争、転職面接の合否など、競争はよくあることだ。しかし、サッカーのように誰がレギュラーだとか、誰が勝者なのかを、はっきりとした勝ち負けを意識できることは少ない。微妙な差が積み重なって、それは知らず知らずの間に大きくなっていく。そして誰も「あなたはレギュラーではない」とはっきり言ってはくれない。だから、どんな状況に置かれても、自分が折り合いさえつければ、敗北感を感じずに生きていくことは可能だ。ある意味幸せだが、それは勝ち目のない場所で戦い続ける可能性も含んでいる。
最初の話に戻る。中学の顧問が私に伝えたかったことは何だったのか。結局、私は高校ではレギュラーにはなれなかったし、最後の大会は20人のメンバーからも外れてしまった。高校を卒業した頃は、顧問は反発心を煽って私を頑張らせようとしたのだと解釈していた。そしてその思いに応えられなかったと残念な自分が許せなかった。しかし、そんなに浅い話では無かったように最近感じる。
顧問は、現実的に私がほぼレギュラーになれないことをわかっていた。その結果はさほど重要では無かった。あの時の私に、勝ち目の薄い競争であるという現実を突き付けることに意味があった。それでもサッカーを続ける意思があるかを、高校生という貴重な時間を無駄にしないために私に確認して欲しかったのではないかと思う。私は中学のサッカーで競争に勝ち、そこそこ試合でも勝利も納めたことで、成功体験になっていた。だから何となく高校でもサッカーを続けることを選択できてしまう状況だった。そこを見抜いた顧問が、指導者として最後にできることがあの言葉だったのかもしれない。とても有難い言葉だったと今になって思う。
天狼院で文章を書くことにしたのは、自分が今の人生や仕事で納得するように、折り合い付けることに慣れすぎていないかを確認したかったからだ。
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