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ハイビスカスの似合うお墓の前で


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:牧 奈穂 (ライティング・ゼミNEO)
 
 
11月に入ったばかりのある日、いつものように帰宅し、マンションの1階にあるポストを見ると、喪中ハガキが届いていた。何も考えずにハガキに目をやると、その亡くなった家族を伝える文面に、息子の小学3年生の時の担任の先生の名が書かれてある。私は、その場でハガキを持ったまま、「やだ……」と驚きの声をあげた。
「どうしたの? 誰からのハガキ?」
息子が私に問いかける。だから私は、黙ったまま息子にハガキを手渡した。そして、息子もハガキに目を通すと、驚いた様子で黙ってしまう。
先生は、40代……まだまだ元気に生きられる年齢だったからだ。信じられない気持ちでハガキを見ていると、感情のない文面が冷たく訴えかけてくる。先生は、もうこの世にいない。いつの間にかいなくなってしまっていたのだ。
「なぜ、ハガキが届くまで、大切な人の死を知らずにいたのだろう?」
私は、ショックでしばらく現実を受け止められなかった。
 
「大切な恩師の死を喪中ハガキで知るって、なぜなんだ?」
息子も、独り言のように言う。
「とうとう、この日が来てしまったなんて……今年のお正月は、元気そうな年賀状をくれたよね? だから、もう病気は落ち着いているのかな? なんて思い込んでいたのに……先生は、手術をしてから5年かな? 5年の山は越えられなかったってこと?」
私も息子に語りかける。答えを探しても仕方がないと分かっているのに、現実が受け入れられない。
 
「せめて、お線香をあげに行きたい……でも、先生の息子さんは、僕と同じ中学3年生だよね? だから、もうすぐ入試も控えている。その息子さんに会ったら、僕は何も言えなくなってしまうし、辛すぎる。今はそうっとしておくことが、ご家族のためにすべきことかもしれない……」
息子も同じ歳だからこそ、気持ちが分かり寄り添えるのだろう。
 
「小学校に、先生の親友のA先生がいたじゃない? A先生にお墓の場所を聞いてみたらどう? ご自宅ではなく、お墓なら、誰にも会わずにそっとお線香をあげて来られるよね?」
私は、息子に問いかけた。
 
次の日、息子は小学校のA先生に電話をかけた。
「お久しぶりです。実は、喪中のハガキを昨日受け取りまして……僕は、今まで先生が亡くなったことを知らなかったのです。だから、すごくショックで……お墓参りをしたいのですが、お墓の場所をご存じですか?」
A先生は、電話の向こうで静かに話し始めた。
「そうだったのね……小学校に来てくれたら、場所を説明するよ。来られるときで構わないから、小学校に来てくれないかな?」
 
久しぶりの小学校は、少し小さくなったように見える。
門をくぐり、桜の木を見ると、先生に卒業式を祝ってもらったあの日の記憶が蘇る。病気で休職中なのに、卒業式だけ出席してくれたのだ。懐かしさと同時に寂しさも込み上げながら、息子は校庭をくぐり抜け、校舎へと向かう。そして、校舎内に入ると、職員室まで一気に階段を上って行く。
「あらぁ、こんなに立派になって!」
背が伸び、少し落ち着いた顔つきの息子を見て、先生は涙を流して喜んでくれた。音楽のリコーダーのテストで、皆を震え上がらせていた時の怖さは、全くない。A先生は、もうこの世にいない先生の代わりに、息子を温かく迎えてくれたのだろう。
「先生は、あなたのことをよく話していたのよ。あなたが中学校でも頑張っていることを、誇らしげに語っていたわ。本当に嬉しそうに話していたの。だから、お墓に行ってあげて。先生はきっと喜ぶはずだから……私はね、先生が亡くなってからずっと、毎週お花をあげに行ってるの」
A先生は、そう語りながら涙を流す。
息子も声を上げて泣きたい気持ちに駆られるが、中学生男子はそこで泣くことはできない。だから、必死に涙を堪えて、A先生の言葉を噛み締めながら聞いていた。
「本当は見せるつもりはなかったけど、あなただから、特別に見せてあげるね……」
そう言いながら、A先生は、携帯電話を取り出した。そこには、先生が亡くなる直前までの写真がたくさん収められていた。
その写真をしばらく黙って見つめながら、息子は思い出すように言い始めた。
「先生は、僕が辛かった時、ハガキをくれたんです。そのハガキの言葉に、「辛い時ほど、「今日はいい日だ!」と声に出してみて下さい。40回ほど言うと、本当にいい日になりますよ!」って言葉があって。僕は忘れられなくて……」
すると、A先生は、
「そうそう、その話、私も聞いたよ。先生らしいよね。あとは、「顔晴る」って言葉もよく使っていたよね?」
息子もその言葉を聞いて、少し笑顔になる。
「そうですよね! いつも「頑張る」を「顔が晴れる」と書いていましたよね!」
元気に笑っていた頃の、先生の姿が目に浮かぶ。秘密を分かち合うかのように、先生のエピソードを語り合いながら、息子は喪失感を一瞬忘れることができた。
 
「この写真、見て。この後に、先生は、モルヒネを打ったの。その前に、大好きなハワイ料理が食べたいって言ったところの写真なの」
息子がその写真を見ると、もうかなり具合が悪そうな先生の姿が、写し出されていた。痛みが相当あったはずだ。きっと、命の終わりを覚悟していたのだろう。その時、ハワイ料理を食べることができたのかは定かではない。それでも、命の小さな光が消えるまで、先生は「生き続ける道」を選んでいたことが伝わってくる。もう長くはないと覚悟している現実で、ポジティブに生き続ける道だ。
「先生から習った英語の勉強をずっと頑張りなさいよ! 私がこれからは先生の代わりにずっとあなたを応援してあげるから……」
A先生は、息子を励ますように、見送ってくれた。
 
小学校から帰ってきた息子が、私にA先生との時間を話してくれた。
「A先生が泣くから、僕まで泣きたくてたまらなかったよ……なぜ今まで知らなかったんだろう? お葬式にも行けなかったなんて……話を聞いても、まだ信じられない」
私は息子の言葉を、黙って聞いていた。
「転校した最初の年に一緒にいてくれた先生だから、僕には大切な先生なんだ。先生は、感情的に僕達を怒ってしまったこともある。でも、先生は、いつも僕達にきちんと謝ったんだよ。今朝、うちで子供達を怒って、嫌な気持ちのまま学校に来てしまいました。ごめんなさい……ってね。僕は、そんな先生がかえって人間らしくて好きだったんだよ」
息子は、学校が嫌で、腹痛が2年間ほぼ毎日続いていたことがある。だから心機一転、やり直す覚悟で、転校を決めた。
「新しい学校で、うまくいくだろうか?」
不安に揺れる新しい学校生活のスタートの中で、先生は個性的な息子を否定せず、丸ごと受け入れてくれた。だから、母親が学校にいるような気持ちで、息子は安心して伸び伸びと生活ができ、先生を慕っていたのだ。
 
そして私にとっても、単なる「息子の担任の先生」ではなかった。私にとって、「姉」のような存在だったのだ。今まで息子の先生で、そこまで心を開いた先生はいない。心を開けたのは、きっと先生が私に心を開いて接してくれたからだろう。たまにではあったが、手紙のやりとりを通して、ずっと連絡を続けていた。
 
同じ母親として、息子と同じ歳の子を置いて、この世を去らねばならない気持ちを想像してみる。もし同じ立場だったら、自分の病を恨んだり、どうしようもなく落ち込んだり、自分の人生に怒りが湧いたり、人が妬ましく思えたり、ありとあらゆる「マイナスな気持ち」が心から湧き上がってきそうだ。そして、どう生きたらいいかを悩み、きっと苦しみ抜くのではないか? 先生は、どんな心の道を辿ったのだろう?
 
息子が首に怪我をし、治らないことを悩んでいた時、先生は私を励ましてくれたことがある。
「息子さんの首の痛み、最近はいかがですか。痛みは本当に辛いですね。痛みが起きた時、私は手を当てたり、深呼吸したり、自然の力を借りたり、いろいろな方法で温めたりしながら、痛みにも愛を送っています。不思議ですが、こうするだけでも痛みは和らいでいくのを実感します」
 
「首はもう治らないと聞きましたが、私は息子さんの奇跡を信じます。私自身のことですが、病気がわかった時、実は、突然の余命宣告を受けました。しかし、医師を驚かせ、今こうしてここに生きている自分がいます。希望を持ち続け、周りからたくさんの愛を受け取れる環境がある限り、奇跡は起きると信じています」
 
先生の丁寧な文字は、人生を誠実に生きている姿を表すかのようだ。人は、命が短いと分かった時、どう生きることができるのだろう? 痛みに愛を送るという境地に達することができるのだろうか?
「キャンサーギフト」という言葉を聞いたことがある。ガンに直面し、命に終わりが見える頃、その人達にしか分からない悟りのようなものがあるそうだ。何気ない日常の景色でさえ、とても色濃く見えるような、独特の心の境地なのかもしれない。「死」に近づいたからこそ、「生」を一層強く意識する。だからこそ、普通の人には気づけないような小さな幸せを、大きく捉えられるのかもしれない。「痛み」という、普通ならば苦痛のものでさえ、ポジティブに受け入れられるのだろうか。
先生からの手紙の言葉を読んでいると、あらゆることに感謝ができる心が行間から感じられる。人は、「死」を見つめた時、「生」を強く意識できるものなのだろうか。
 
ある晴れた日に、A先生から聞いたお墓の場所をナビ設定し、息子と訪れてみた。
11月だから、だいぶ寒かったが、その日はよく晴れて、いつもよりは暖かかった。お墓に行く前に、花を選ぶ。よく売られている仏花を2束選び、車を走らせた。20分くらい運転すると、辺りはすっかり田園風景になる。お墓に近づくに連れて、森の中に入っていくような細い道が現れ始めた。
「本当にこの道であっているのかな?」
私が心配になり、息子に尋ねる。
「間違っていないと思うんだけどなぁ……」
しばらく細い道を運転すると、墓地らしい入り口を見つけた。入り口付近の管理事務所のようなところで、先生のお墓の位置を聞く。
「あの……ある方のお墓を探しているのですが……」
事務所の人に尋ね、先生の名前を伝える。
「あぁ、最近新しくできたお墓ですね……」
車を奥の駐車場に停めるよう言われ、案内してもらった。
墓地なのに、なぜか森の中にいるような心地よさを感じる。花束のための水を汲み、先生のお墓の前にやってきた。やっと、先生に会いに来ることができた。
そして、墓石の前に立つと、
 
「ありがとう」
 
先生の筆跡を思い出すような文字が、墓石に彫られているのが、一番先に目に入ってきた。先生が生前、自ら選んだかもしれないその文字を見ると、先生らしさが伝わってきて、胸が締め付けられる。温かな文字に、堪えていた思いが溢れ、涙が止まらなくなった。
 
「会いにきてくれて、ありがとう」
「私の人生に関わってくれて、ありがとう」
 
先生は、そう言いたかったのだろうか?
しばらくお線香の煙に包まれながら、息子と黙ったまま座っていた。
 
今、私は、先生が亡くなった時と同じ年齢を生きている。
今の私は、先生のように全力で、全てに愛を感じて生きているだろうか。
命の期限を感じた時に、全てのものに「ありがとう」と言える自分でいられるだろうか。
今、私達は、この世に生かされている。だからこそ、生かされている間は、先生のように命が尽きるまで全力で生きて行こう。
 
「先生は、最期までずっと心は元気だったよね。あんなにポジティブに、あらゆることに感謝して生きている人は、そうはいない気がする。命は、長さではなく、どう生きたかが大事なのかもしれないね……短い命だったかもしれない。でも、決して先生は不幸だったわけではない。先生は、大切なメッセージを今も私達に語りかけてくれている……」
先生の墓石の前で、私は息子にそう伝えた。
 
「ここは、墓地というより森だね……先生が眠っている場所にピッタリな気がする。ハワイが好きだった先生のために、今度は南国の花を届けにこよう! 先生には、菊の花より南国の花のほうが似合うね。また、先生に会いに来よう」
息子も黙って頷く。
 
ふと空を見上げると、青い空が大きく広がり、風が心地よく癒された。まるで先生といた時のような、穏やかな気持ちになれる。この美しく静かな場所に、先生が眠っていることが救いのような気がした。

 
 
 
 
***
 
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