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忘れることのできない悪魔の一言

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松尾麻里子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
子供を育てるって、本当に大変。
楽しい、嬉しい、尊いことも、もちろん、たくさんあるけど、
それを軽やかに凌駕していく、辛さ、大変さ、その重み。
 
子供は日毎に、私の口癖、仕草、考え方を完コピしていく。
ああ、その嫌な言い方、攻撃的な態度、センチメンタリズムな感じ。
お願いだから、真似しないで。
 
私は、一番身近な大人のお手本として、相応しい人間であろうと思えば思うほど、アイデンティティと、生きていくうえで超役に立つ社会性とのはざまで、
毎日、毎日、葛藤の日々を送っている。
 
そんな親たちの悶々打破をかってでてくれるのが、きっと、先生や恩師、友達という存在なのだろう。子供が、そのような存在に一人でも多く出会ってくれれば、親の影響力も分散するし、私は、自己中心的に生きる自分を責めずに済むのではと、その着地点にいる自分を妄想するのが唯一の心の拠り所だ。
 
こんなことをつらつらと書いていると、
あれ、私って母親としてどうなの? などという愚問が沸沸と湧いてくる。
自己中、他力本願、感情優先型……。いや、待てよ。ちゃんと子供に愛情は持っているし、母性本能だってあるはず。母性本能••••••?
 
そういえば、
「子供が産まれると、本当に母性って湧くんですか?」
と会社の後輩に聞かれた時、すぐに答えられなかった思い出がふと蘇る。
 
そもそも、母性って何だろう。何となく理解していたつもりでいたが、
言葉の定義を知りたくなって、久しぶりに広辞苑を開いてみた。
 
母性=母として持つ性質。また、母たるもの。「―本能」(出典:広辞苑)
 
と記されていた。正直、ピンとこない。母たるもの、とはなんぞや。
その“たるもの”の部分を考えてみたが、しっくりとくる説明が浮かばなかった。
 
その夜、なかなか寝付けなかった。
母性なんて言葉にフォーカスしたからだと思う。
 
人間を身籠り、人間を産んで育てて、はや5年。
はて、その母性とやらを感じたことが一度でもあったかな。
子供たちの寝息をBGMに、脳内メモリーをしらみつぶしに探してみたが、吹き出したくなるほど見当たらなかった。「母性 体験」でググってみると、外出先で赤ちゃんのこと思ったら胸が張った、実際に母乳が出てきてしまったなどの体験談が無数に転がっていたが、私はそのような体験を一切していない。母性は本能的なものであるから、無償の愛と同じなのだという記事も見かけた。無償の愛などというものは幻想にすぎぬ、と思っているので、それもどうも腑に落ちない。“母性”という言葉は、定義が曖昧で広域だ。たどり着いた結論がこれだった。それでも、こんな、曖昧で、そもそも世の中に存在しなくてもいいような言葉であっても、母性というものを感じられない自分は、母親として相応しくないのではと自責の念に駆られてしまった。
 
眠れない夜にネガティブになると、更に眠れなくなるのに、わかっているのに、この負の連鎖にとことん、墜ちていってしまう。せめて、目だけでも閉じていよう。暗闇で目をつぶると、忘れられない記憶がまぶたの裏に映し出された。
 
あれは、下の子が産まれてから、2ヶ月経った時だった。
2歳になる上の子と下の子を連れて、駅前のショッピングセンターまで買い物に来ていた。ちょうど雨が上がった後で、ところどころに水溜りがたくさん出来ていた。それを見た上の子が、勢いよく水溜りにジャンプした。スニーカーも服も一発でびしょ濡れになった。
 
「もう、止めなさい。お家に帰らないといけなくなるよ」
最初は、穏やかなトーンで注意した。それでも止めない息子。
むしろ、水に濡れる感触とパシャパシャと弾ける水の音が楽しくてしょうがないといった感じで、どんどん、水溜りにダイブしていった。
 
「○○くん、止めようね!」
必死に止めようにも、全く耳に入っていない。
ベビーカーにいる次男はぐずり始め、大声で泣き始める。
長男のワイルドな様子を、通りがかった人々が、まあ、といいながら微笑ましい様子で見ていく。私はこんなに必死なのに、微笑ましくなんて、絶対無い!
 
タイミングが全部悪かった。
慣れない2人の育児に、心身共に疲れ果て、擦り減ってしまっていたのだろう。
 
湧き上がる怒りが、突然、頂点にまで達し、
気付いたら、上の子の腹を握り拳で殴っていた。
初めてだった。今まで息子に手を上げたことなんて一度も無かったし、
手を上げる日が来るなんて夢にも思っていなかった。
 
私は、まるで壊れたロボットのように、
コントロールが利かなくなってしまっていた。
 
「何やっているの!」
夫に止められて、やっと正気に戻った。
息子は明らかに、怯えた目で大泣きしながら私を見ていた。
私も大泣きしながら震えていた。ついに手を上げてしまった。今までどんなことがあろうともそれだけはしないように律していられたのに。ショックだった。
 
その夜、私は、夫にずっと云えなかった本当の思いを伝えた。
自分が更におかしくなる前に、誰かに救って欲しい、分かって欲しい、
すがるような気持ちだった。
 
「私、子育てが、本当はすごく辛い」
「子供が憎らしく思えて、全て捨てて逃げてしまいたくなる時がある」
 
すると、夫は明るくこう言い放った。
「何で? 子育てって楽しいじゃん」
 
身体中の血が一瞬にして引いたのがわかった。
もう何も云うことは無かった。
夫は、私にアンガーマネジメントの著書をお薦めしてきた。
これを読んで怒りをコントロールしよう、と。
もう何も聞こえなかった。
 
その一言は、今でも忘れることのできない悪魔の一言だ。
今でも、その言葉が呪詛となって、私を苦しめている。
 
眠れぬ夜に、思い起こす子育ての記憶。
 
母性=母として持つ性質。
他人に理解してもらえなかったり、自分を責めたり、辛かったり、傷付いたり、
責任を感じたり、不安だったり、もう逃げ出してしまいたいと思ったり、早く自由になりたいと思ったり、その全てが母性なのかもしれない。ふと、そう思った。
 
そして、もう一つ思い出したことがある。
息子を殴ったその夜、涙であふれ、壊れかけている母親に対し、
 
「みて!」
 
と、私のメガネをかけた息子は、ぼんやりとした視界にキャッキャッしながら、
楽しげに、ずっと私に笑いかけてくれるのだった。まるで昼間のことは何も無かったように。
 
その時、私は誓ったのだった。
「ああ、この子を一生大事にしよう」と。
たとえ、上手にできなくても、絶対に、今日という日を忘れないようにしよう。
そう思うことも母性のまた違う一面なのかもしれない。
 
夜の帳が上がりはじめ、うっすらと朝の光が差し込んできた。
「さあ、今日も一日、お母さん、なんとか頑張りますか!」
 
 
 
 
***
 
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2022-08-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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