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40歳2児の母、家出をする


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ロビンソン安代(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
5年前、まだ暑さの残る9月上旬日曜午後、私は、
 
「これ、本当にお湯を沸かせられるんじゃないか?」
 
と思うほどの怒りと共に車を運転していた。
 
夫と大喧嘩をしたのだ。
身の回りの物だけ持って、家を出た。
そしてあてもなく車を走らせていた。
ただの喧嘩ではなかった。今まで何年分の積もり積もったモノがあっての、
コップ満杯の水が表面張力を失ってこぼれるまさに最後の一滴となる、
大喧嘩だった。
 
 
携帯が鳴った。夫からだ。無視。
また携帯が鳴った。自宅の固定電話からだ。小学4年生の娘かもしれない。
少し悩む。でも、無視。
運転中だからと自分に言い聞かせたが、実際は誰とも話したくなかった。
 
1時間ほど経ち、私がコンビニで買ったコーヒーを飲んでいると、私の実家から
電話。脇が甘いと昔から人に言われる私。つい、電話に出てしまった。
どうやら、娘が困って私の両親に相談の電話をしたらしい。
私の母は、気持ちが落ち着いたら自宅に連絡するなり帰るなりしなさいねと
言っていた。さすが私の親、慣れている。
 
そこから30分くらい一人で悶々とした後、自宅に電話を入れた。
夫が電話に出た。
私は夫が謝ってくると思った。そうしたら家に帰ろうと思った。
 
が、その予想は見事に砕かれた。
 
「何やってるの~? 意地張ってないで、そろそろ帰っておいでー♪」
 
チーン。
 
お気楽そうな夫の声に、私の中で、闘いのゴングがまた鳴り響いた。
 
私は、さながら、試合中束の間の休憩を終えたボクサーのようだった。
椅子から立ち上がり、軽くジャンプしながら首を回したり手をブランブランさせ、
ほっぺをたたきながら自分を鼓舞する。私の背後からは妄想のセコンドの声……
 
「やっちまえ。あいつにわからせてやるんだ!」
 
私は1週間の家出を決意した。
スマホでビジネスホテルを探した。隣町に一軒あった。職場からも
そう遠くない。電話をした。空室有。迷わず1週間の予約を入れた。
実家に電話し事情を説明。気がかりはママっ子の娘だ。娘から連絡があったら、
安心させてやってほしいと頼んだ。親はあきれていた。
 
自宅に電話すると中1の息子が出た。息子にママは1週間家に帰らないと伝えた。
すぐに娘が電話を代わってきたので、私は娘が不安にならないよう言った。
 
「あなた達はママがいない生活を、ママは1人の生活を1週間してみよう。
1週間たったらママは必ず帰るよ。離れているけど一緒に頑張ろうね」
 
夫には、同じ内容をもっと冷たい表現でメールした。
私は彼にわかってほしかった。フルタイムで仕事をしながら家事や育児もすることの
大変さを。そして平日や特に週末に、時間さえあればコンピュータゲームをするという
習慣を改めてほしかった。そのメールに夫からの返信は無かった。
 
今思えば、大したことでもないのに私は大騒ぎして、わがままだった。
夫は、ギャンブル・不倫・働かない・酒乱などとは無縁の人だ。ただ、時間があれば
家事&育児よりもコンピューターゲームを優先するだけ。
 
でも当時の私はいっぱいいっぱいで、それが何というか、どうしても
許せなかった。
 
夫から何度か電話がきたが、すべて無視。私は目についた店に入り、
明日から使う靴下や下着を買った。仕事着は何着か持ってきていたが、こまごました
物は持ってき忘れていたためだ。
そういえば自分のための物、だけの買い物なんて久しぶりだった。
ちょっと楽しかった。髪の毛を束ねるかわいいゴムも買った。嬉しかった。
 
 
予約していたビジネスホテルの近くには大型のショッピングセンターがあった。
そこで適当にお弁当を買ってビジネスホテルの部屋で食べた。
 
自分の分だけの食事を考えて選んだなんて十数年ぶりの事だ。ワクワクするような
でもどこか罪悪感を抱くような、物足りないような感じもした。
夜、娘から携帯に電話があった。
 
「何してるの?」 と娘。
「今、本を読んでいるよ」 と私。
「さびしい……」 娘が言う。
「ママもよ。でも一緒に頑張ろうね。ちゃんと生活していたらママはお家に帰るから」
私は応えた。
 
本心だった。私も本当は寂しくてたまらなかった。
 
翌日以降も子ども達から(特に娘から) は毎日電話が来た。
今日はこんな事をした。あんな事をした。これを食べてあれを飲んで……
近況を報告しあった。寂しかったけれど、これは私の「選択」 の結果。
夫も子どもも巻き込んで、それぞれに辛さを与えてしまったけれど、
 
こうでもしなければわかってもらえないだろうと判断した私の、
「選択」 の結果。夫も子ども達もいきなり突き付けられたこの状況に
何とか対応しているのだから、私だって途中で止めずに頑張るのだ。
 
そんな事を思いながら1週間過ごした。日を追うごとに、娘や息子が
少しずつ元気な声になっていき、ダディが朝ご飯を作ってくれた! などと
言っていて安心した。夫も状況的に自分しかいなければ、家事も育児もやるのだな
と分かった。
 
 
そして、1週間後の日曜日朝、私は子どもたちに会える嬉しさと、
家出をして子ども達から嫌われてしまったかもしれないとの不安や緊張、気まずさ
など、複雑な思いでビジネスホテルを後にし、自宅へ向かった。
 
自宅のドアを開けると、そこには整理整頓されたリビングダイニングがあった。
みんなで片付けたらしい。平日も毎晩10分間みんなで片づけをしていたらしい。
子ども達は少なくとも表面上は私を嫌ってはいなく、安心した。
それより、自分から使用したお皿を流しに持っていくなど成長も見えた。
 
 
夫が言った。
「この1週間、僕は大変だった。君は今までこれをやっていたんだと知って、
それは色々無理があったただろうなと思った。一緒に改善していこう。まずさ、……」
 
おー-。これよ、これ。これを待っていた!
家出した甲斐があった。ほっとした。
 
確かに私は大人げなかった。
当時40歳、小学4年と中学1年の子どもがいるのに、
家出をするなんて。
 
でも、この私の家出は、結局
我が家のメンバーそれぞれにとっての「移動教室」 だった。
 
小学校で経験する林間学校や、修学旅行のようなあれだ。
親元を離れて泊まりで何日か生活。日常の生活では得られないような体験をし、
そこから学びを得て、一回りたくましく成長するあのイベントだ。
 
 
間違いなくあの1週間での学びは、少なくとも夫と私の中で、
相互理解や思いやりに大きな影響を与えた。
 
私も一人でいる間、彼が、生まれ故郷から遠く離れたこの外国の地で、
彼の母語ではない言葉を使いながら、家族の大黒柱
として働いてくれていることについて改めて考えた。
夫に対する尊敬の気持ちが大きくなっていた。
結果、
私たちはお互いに相手をいたわり、ねぎらい、優しくできるようになった。
 
学生だけでない。大人になっても、父親・母親でも、「移動教室」 を
したら良い。少し不便や寂しさはあるけれど、とても良い刺激・新たな視点、
何より大きな学びを得られる。
 
もちろん喧嘩→家出という形でない方が良いけれど
環境や立場が変わることでしか得られない気づき、学びというものが、
必ずあるのだ。
 
 
 
 
***
 
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