私たちはやり直す。美しき人間の日々を生きるために。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:たらちね(ライティング・ゼミ8月コース)
あんなにも、天地がひっくり返ろうが構わないほどに、好きで好きで仕方なかったのに。
死ぬときは一緒がいいとすら、死んでも魂は永遠にそばにいたいとすら願ったほど、愛してやまなかったのに。
待ち望んだ我が子という最大のギフトを手に入れたと同時に、今まで体験したことのない大きな試練が私たちにやってきた。
当然二人で子育てできると思っていた私と、新しく始めた意義ある仕事に集中したい彼。
妊娠生活の喜びと戸惑いにふわふわしているうちに、どんなライフスタイルを選ぶのか、どんな子育てをするのか、子供たちに何を見せたいのか、きちんと話し合いもしないまま、子は生まれ、なし崩し的にワンオペ生活が始まった。
私は訴えた。「無理だよ辛いよ」「働き方を変えてよ」
しかし彼には、わがままにしか映らなかったと思う。
みんなやってる。母親が持ち場として家庭を担当してる。それをやってくれよと。俺には社会で果たさなければならない責任があり、家族を養うという役割があるんだからと。
その通りだと思った。周りに相談しても、ほとんどの友人が「仕方ないよ、私もそうだった」と苦笑し、自分の母親には「腹をくくりなさい」と叱責された。彼も周りに相談したが「奥さん、大変だな……」と肩を叩かれた。
もちろん、彼のやりたいことを思い切りやらせてあげたい気持ちはあった。「まかしといて!行っといで!」と送り出すカッコいい女になりたかった。でも、何かが違うと心が叫んでいた。ひたすら迷い、自分を責めた。
自分の母親世代を見習って「家庭は私の持ち場だ」と言い聞かせ、気持ちを押し殺したり、鼓舞したり、入れ替えたり、そらしたり、いろいろやってみた。
ご褒美の甘いものとかマッサージとか、たまに温泉とか、もちろん親や近所や行政に頼ったり、家電や便利グッズやサービスを活用したり試行錯誤した。
自分自身の社会での充実感が足りないのが原因かもと、母親向けサイトを立ち上げた。次男をおんぶしながら地域コミュニティの場作りにチャレンジもした。
そうして数年、体を痛めては治し、心を落ち込ませては立て直し、自転車操業的に日々を過ごした。同時に「お前は誰だ」「どこへ行きたいんだ」と、細切れの思考の中で自分に問い続けた。一言で言えば、もう壊れていたし、壊れながらもがいていた。
しかし結果として。とても申し訳ないことだが、私は彼に笑いかけられなくなった。
私たちは話せば話すほどすれ違い、徐々に気持ちが離れ、ついには見損ない合い、泥沼化する議論に疲れ果てた。
なぜこんなことになるのか、分からなかった。
彼が悪い、私が悪い、社会が悪い……どれもそうなようでどれも違うように思えた。
5年、10年したらいろんなことを許せるのだろうか。穏やかな小春日和みたいな関係になれるのだろうか。
でもきっと、そのとき手はつなげないし、愛してるとは言い合えない気がした。こんなに溜まってしまった怒りや恨みが、何年経ったら消えるのか、考えただけで気が遠くなった。
私は、どうしても嫌だった。ちゃんと解決したかった。諦めたくなかった。
週1度あるかないかの限られた夫婦の時間。私は必死で寝室から這い出し、彼を待ち、話し合いを求め、挑み続けた。
彼は、疲れて帰ってきた所に恨めしい顔で待ち構えている私から逃げず、泣いたり取り乱したりしてまとまらない話に耳を傾け続けてくれた。
それはお互いの傷口をえぐり合いながら、汚い膿を出し合いながら、原因は何か、なぜ痛いのか調べていく作業だったように思う。何度泣いて終わっても、何度罵り合って終わっても、もう無理だと絶望しても、傷だらけの体でリングに上がり続けた。
3年ほど経って、分かってきた。
産後、お互いの話している言語が変わってしまったのだということが。
私は、狼の言葉を話していて、彼は人間の言葉を話していた。
私は、愛と魂の話をしているのに、彼は現実と責任の話をしていた。
どちらも悪くなかった。違ってしまったことに気づかなかっただけだったんだ。なのに私は、彼をなんて冷たくつまらない男だと軽蔑し、彼は私をなんて感謝のない傲慢な女だと悲しんだ。
きっと私はずっと、自分が何に対して怒っているのか、何が悲しいのか、ちゃんと分からなかったし、それを人間の、男性が分かる言葉で伝えられなかったんだと思う。
3年かかって見つけた、心の一番深いところにあったものは、怒りではなく悲しみだった。
彼が手を離し、私を置いて行ってしまったということ。助けてと言っているのに立ち止まってくれなかったこと。
辛かったのは、孤独だったからだ。
苦しかったのは、本当に大事なものが分からなくなったからだ。
悔しかったのは、愛したかったからだ。
私が欲しかったのは、課題解決のソリューションじゃなかった。
何よりもお前が大事だという、表現と態度だったんだ。
常識はずれと笑われようが。甘えんなと叱られようが。
私は、親になったくせにではなく、親になれたからこそ、自分の信じる価値観と直感に、まっすぐ正直に生きたいんだ。
愛と信頼、家族の笑顔の食卓、自然と歌、旅と魂の声、出会いと感謝。そんな、美しき人間の日々を生きたいんだ。大好きな人と一緒に。
そしてすべては、1つめの「愛と信頼」があってこそなんだ。
やっとわかった。
私が何を求めているのか。
わかった上で。静かに叫んだ。
これは、私たちのテイクすべきライフスタイルではない。
帰ってきてほしい。私のところへ。
やり直そう。旅に出よう。
もう一度、猛烈に恋しよう。
もう一度、くっついて眠ろう。
腹をかかえて笑いながら、本当にやりたいことに本気で挑戦しながら、新しい私たちの物語をつくろう。
お金がなくてもいい、仕事がなくてもいい。でもあなたとの愛を失って私は生きることはできない。
子供たちに見せたいのは、こんな冷め切った父と母ではない。
本物の愛と信頼を見せないで何が教育か!!!
やっと。
やっと言えた。やっと伝わった。
彼は仕事を辞めて、長い手紙をくれた。
手紙の最後に「もう手を離さないよ」とあった。
涙が止まらなくなった。
帰ってきたんだ。私のヒーローが。
彼の41歳の誕生日。子供を親にお願いし、二人で近所のちょっといいお寿司屋に行った。
隣で笑う彼をかっこいいと思って、目を見て「かっこいいよ」と言えた。本心で言えた。
そのことが、表へ出て踊り出したいほど嬉しかった。
私たちはたくさん飲み、たくさん話し、たくさん笑い、恋人みたいにぎゅーっと腕を組んで家に帰った。
***
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