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二人と一匹で、これからも


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上遥(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「結婚の決め手は何だったの?」
 
結婚する(した)旨を伝え、「おめでとう」「良かったね」という祝福の言葉を一通りいただいた後、まず問われる質問ランキングナンバーワン(自分調べ)は間違いなくこれだ。その度に「まあ、付き合いも長いし」「年齢的にも良いタイミングだしね」と誰もがある程度納得できる回答でその場をなんとなくやり過ごしてきた。
 
もちろん、それらも理由の一つではある。決して嘘をついているわけではない。
しかし、私の中では明確に「この人と結婚しよう」と決意した出来事があった。
 
 
 
昨年のことである。
夏の終わりとともに、愛猫は天へと旅立っていった。
 
こうした時、決まって「享年14歳って、人間で言えば72歳だよ。長生きしたよね」という話が出るが、私はこの手の話題が嫌いだ。人間で言えば○歳だからといって、それで「ああ、じゃあ死んじゃってもしょうがないな」となるだろうか。「もっと長生きしてほしかった」以外に生まれる感情はないと思う。無意味な慰めだ。
 
名前を「ルル」という。命名したのは姉だ。
 
ルルと初めて出会ったその日は、朝から小雨が降っていた。目を覚ますと何やら下の階が騒がしい。リビングに降りると、見慣れない段ボールを取り囲む祖母、母、そして姉。「何、どうしたの」と聞くと、姉はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑みを浮かべながら、それはそれはもったいぶって段ボールを開けていく。
そこにいたのは、小さく寝息を立てる子猫だった。
 
「おばあちゃんが勝手に拾ってきたのよ」
「朝っぱらから一匹でニャアニャアうるさかったんだから仕方ないじゃない」
「名前なんにしよう?」
「どうするのよ、お父さんは動物嫌いなのよ」
「私だって嫌いよ、猫なんて」
「呼びやすい名前がいいよね」
「ええ? じゃあなんで拾ってきたのよ」
「見捨てるわけにもいかないじゃない」
「キキとかララみたいな、同じ言葉が続く二文字がいいと思うな」
「もういいわよ、私が面倒みます。まずは病院に連れて行かないと」
「何だかんだ嬉しそうじゃない、あなた」
「……ララ、リリ、ルル……。“ルル”って名前はどう?」
「「あら、いいじゃない」」

文字通り姦しく喋り続ける三人を横目に、私はたった今「ルル」と名付けられた子猫をじっと見つめていた。親兄弟には見捨てられてしまったのだろうか。タオルに包まれた小さな命は、雨に打たれたせいか今にも息を引き取ってしまいそうなほど衰弱しきっている。
しかしその時、私は「この猫とは長い付き合いになるだろう」という不思議な予感を抱いていた。
 
それからルルは新たな家族の一員として迎え入れられ、それはまあ猫らしい悠々自適な日々を送ることになる。
小さかった頃の面影はすっかりなくなり、日々ぷくぷくと体重の最高値を更新していった。
最初は見慣れない場所に怯えていたが、いつの間にか家のあらゆる場所がナワバリとなった。
撫でようとしても、機嫌が悪いと噛みつかれ、引っ掻かれた。
彼女を私の実家に招いた時、「ルルちゃんに嫌われちゃったらどうしよう」と心配していたのがなんだか愉快だった。
その不安は杞憂に終わったが、帰り道に「ルルちゃん、ずっとあなたの足元から離れようとしなかったね」と言われた時には「かわいいとこあるんだよ」と頬が緩んでしまった。
 
 
私たちは、ルルを心の底から愛していた。
ルルも、きっと愛を感じてくれていたと思う。
 
 
「今朝、天国に旅立ちました」
母からのメッセージが届いたのは、彼女と家の近所を散歩していた時だった。
「ルルが……」
私の表情とその一言で、彼女も事情を察したらしい。
私たちは、しばらく無言で歩き続けた。
 
不思議な気分だった。悲しいは悲しいのだが、涙が出たり、胸が痛んだりという感覚はない。おそらく、その時はまだルルとの別れに実感が湧いていなかったのだろう。
しばらく歩いたところで赤信号にぶつかり、二人同時に足を止める。
 
彼女は、ゆっくりと言った。
 
「ルルちゃんはこれからもずっと、あなたの足元にいてくれるよ」
 
足元。
 
意外な一言だった。こういう時、普通は「空から見守っている」なんて言うもんじゃないだろうか。けれど、彼女が選んだのは「足元にいてくれる」という言葉だった。視線を落とすと、ルルが足元でちょこまかと戯れる姿が目に浮かぶ。
 
彼女は続ける。
 
「だって、あんなにあなたのこと大好きだったじゃない。今だって喉をごろごろ鳴らしながら、体をすりすり、あなたの足にこすりつけてるんじゃないのかな」
 
その時、私は愛する猫のごつごつした頭としっとり柔らかな毛並みが、ほんのりとしたぬくもりをもって足に押し当てられているのを、確かに感じた。
同時に、「もう二度と会えないんだ」という悲しさと、「これからも私の足元にいるんだ」というあたたかな思いが、ゆっくりと込み上げてくる。
 
赤信号が青信号に変わる。
私たちはまた一緒に歩き出す。
そして、私は「この人と結婚しよう」と心に決めたのだった。
 
 
 
話は冒頭に戻る。
 
「結婚の決め手は何だったの?」という質問に正しく答えるなら、「飼っていた猫が亡くなった時、彼女の言葉に支えられたから」になる。しかし、私はこれからも「付き合いが長いし」「タイミング的にも」という当たり障りのない回答を続けるだろう。
私が、どれだけルルを大好きだったかということ。
どれだけ、もう一度会いたいと願っているかということ。
彼女の言葉が、どれだけ私を救ってくれたかということ。
彼女の優しさを、これからも大切にしていきたいと、どれだけ強く想ったかということ。
それらを余すところなく伝える術を、私はまだ持ち合わせていないからだ。
なのでこの出来事は、私の胸のうちにひっそり隠しておこうと思っている。言わぬが花、というやつだ(こうして書き記していることは、大目に見てほしいところである)。
 
さて、ここまで書き上げたところで「そろそろご飯だから、パソコン片付けてほしいんだけど!」とお叱りを受けてしまったので、ここらでこの文章は終わりにしようと思う。
これからも、二人での生活は続いていく。
足元に、一匹の猫の面影を纏わせながら。
 
 
 
 
***
 
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