メディアグランプリ

(怯えた目をした)兎と(鷹になった)亀の話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:千々岩 康治(ライティング・ライブ福岡会場)
 
 
数年前私は病院の通所部に所属していた。
時は4月、異動や昇進の季節だ。私と同年代の女性が主任に昇格した。
主任は嬉しそうに給料が増えると話をしていたのを今でも覚えている。
 
 
数か月後、通所部の売り上げは激減しクレームが上がるようになっていた。
その事が管理職会議で上がったようでいつも世話になっているドクターが私に内情を聞きに来た。
私は「主任もがんばって色々やっているんですけどね」と返事を返した。
 
するとドクターは私の顔を一瞥し意地悪そうに笑いながら
「お前、不貞腐れてるやろ」と言われた。
 
ドキリとした。
 
そうだ。
 
私は、
 
非常に不貞腐れていた。
 
 
当時の私のポジションは事務だったが資格を持っていることもあり他の仕事も行っていた。日中介護の仕事をこなしつつ、営業・未収金の回収・小さなクレームの処理・後輩のフォローなど多岐にわたっており、業務終了後に事務処理を一人でやっているのが実情だった。
私は主任がいるからという大義名分で事務処理以外を上司を通して主任にお願いした。
だが私は確信していた。主任が決して仕事をしない事を。
申し訳ないが本人の能力的にも責任感などの人間性からも私がまわした仕事を主任が「やらない」ことを予想していた。
そして予想は見事に的中。主任はまわってきた仕事を一切行わずこのような実情になっていたのだ。
 
私は主任より職場に貢献している自負があった。だが実際の評価は介護の仕事しかせず定時で帰る主任の方が高かった。その事に非常に不貞腐れていた。
主任を推した元上司にも不満を持っていた。「困ったことがあれば千々岩を頼れ」と話していたからだ。そのことが私を益々苛立たせた。
 
私は職場や社会のルールに従うふりをして職場に仕返しをしていたのだ。
 
 
 
 
「………」
一瞬の沈黙が流れた。
答えることができない。
 
私はドクターに見抜かれていたことに羞恥心を覚えた
そんな私を見てドクターは私に向かって「兎と亀の話」をした。
そして私に「なぜ兎は亀に負けたのか?」と聞いてきた。
私は訳も分からず答えた。
「兎が亀を甘く見て油断したからですか?」と。
するとドクターは笑いながら言った。
「マイナス100点」
 
「兎が亀に負けたのは兎が自分の仕事をせず隣の亀の事をばかり見ていたからだ。自分のやるべきことをせず隣の亀の行動を逐一気にしていた。だから負けた。対して亀は誰も気にせず自分の仕事をこなした。だから亀は勝ったんだ。腹が立つのはわかる。だが出来る事をやらないと後で後悔するぞ」
そういわれた。
 
 
正直すんなりとは飲み込むことは出来なかった。だが言われていることは理解できていたし、何より内心を見抜かれたことが恥ずかしかった。
 
 
数日後、私は事務処理以外の仕事もすることにした。
上手く丸め込まれたような気もするがこの程度の人間と思われるのはプライドが許さなかったからだ。
 
 
私が仕事をサボっていた間、後輩が仕事の処理をしやすいように用意してくれていた。
なんとも情けない話だ。10歳以上年上の人間が不貞腐れている間に後輩は次を見越して用意してくれていたのだ。そして嬉しかった。誰かが支えてくれていると痛感したからだ。
 
 
 
 
仕事をすると決めた次の週、早速私は色々な人に怒られまくっていた。
 
営業にいけば迷惑そうな顔をされ
クレーム処理に行けば今更来たのか怒鳴られ
未収金の回収に行けば胸ぐらを掴まれカッターナイフや模造刀を振り回された。
地域柄かなり恐ろしい思いをしている。
 
職場でも外の人間より恐ろしい事務長に
数か月間仕事をほったらかしになっていたことを怒られ
事務処理にミスがあることを怒られ
クレームが出ていることを怒られ
未収金の回収が出来ていない事を怒られた。
 
美味しいところは主任に全取りされとにかく四方八方から怒られまくった。
 
そして仕事を手伝ってくれと頼んだ主任にのらりくらりとかわされ時々不貞腐れたり
たまにクレーム処理した客と仲良くなったり
客に「大変だな」と労いの言葉をもらったり
失敗した時は後輩にフォローをしてもらったりして仕事をしていた。
 
 
 
2年ほど経っていた。
私は仕事を辞めることにした。フォローしていた後輩がみんな次の職場が決まり辞めることになったからだ。
 
管理職会議で事務長から発表があったのだろう。
恩人のドクターが私のところに来て、「おめでとう。亀が鷹になったな。真っ青な顔しとったぞ」と言われた。
なんの事かわからず尋ねたが「そのうちわかる」と言われるだけだった。
 
次の日上司と主任がすっ飛んできた。引継ぎの話かと思ったが、
「介護職員が全然居ない。事務仕事をする人間もいないどうするんだ。誰がするんだ」とまくし立てた。
遠くで見ていた後輩たちを盗み見ると呆れ顔をしている。
ここの年上よりもよっぽど大人だ。
これなら後輩たちは何処でもやっていけると思えた。
そして成長していることがうれしく思えた。
 
私は無理やり引継ぎの話に持って行った。
引継ぎは主任がすることになった。
 
 
 
 
有休消化の前日、帰り際主任の顔を見たら途方に暮れていたようだった。
 
目があった。
 
私にとっての兎は真っ青になり怯えた目をしていた。
 
亀にとっての兎はすでに競争相手では無くなっていた。亀は鷹になり兎は捕食の対象になっていたのだ。
 
自分自身の成長を実感できた。
 
頑張ってよかったと思えた。
 
 
 
後日後輩が餞別に靴をくれた。
 
私はその靴を履いて新しい職場で走り回っている。
だが何処の職場でも私はドンくさい。やはり亀は亀のようだ。
だが私にはもう迷いはなかった。やればできると実感できたからだ。
 
 
 
 
亀は気合を入れた。
今日も誰かに怒られ、ごくまれに仲良くなる為に車に乗り込む。
 
ドンくさい亀は今日ものろのろ走り回っている。
だがその足は鷹の鋭い爪をもっている。爪は後輩たちの靴が支えてくれていた。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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