メディアグランプリ

目に見えない犯人との戦いの末に


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記事:笹尾和代子(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
ピピピッ! 『40.2℃』 うわぁ……。
ぼんやりとする頭でその数字を見ながら、「犯人確定だな」と妙に納得していた。
ここは東京の大きな総合病院の救急外来。
 
家族と2泊3日の東京旅行に来ていた私は、旅行2日目に熱を出し、救急外来を受診していた。
高熱で救急外来を受診しても、おそらく解熱鎮痛剤を処方してもらえるのが関の山だろうと思ってはいたが、母親があまりにも心配して病院に行こうと言うので母親を安心させるためにも受診を決めた。
それに、手持ちの市販の解熱鎮痛剤では十分に熱が下がらないため、より確実な効果を得られる解熱鎮痛剤を手に入れなければ福岡に帰れない。
というわけで、宿泊していたホテルからタクシーに乗り、一番近い総合病院に到着した。
 
病院の救急外来に入るが、まず受付が分からない…。
ゆっくり歩きながらキョロキョロしていると事務員らしき男性が数人カウンターの中に座っている。
ここが受付なのか?どうなのだ?と思いながらカウンターの中の男性を見るが、反応なし。
寒気で少し震えながら、声を振り絞る。
「ここが救急外来の受付ですか?」
「そうです。面会ですか?」
おおう……。この状態の私を見て面会者だと思うのか? と心の中で突っ込む。
「いえ、受診したいんですけど、記入用紙はどこですか?」
「用紙ならここにありますよ。 紹介状がなければ初診料8,800円が必要ですけどよろしいですか?」
と、カウンターの上に並んでいる問診票を指しながら言う。
8,800円!? 福岡は確か5,500円ぐらいだったはず……。かといって、ここまで来たのに受診しないのは負けたみたいで悔しい。それに、より効果のある解熱鎮痛剤を手に入れなければ!
「はい。受診します」
 
問診票には、氏名と住所はもちろんのこと、今回の受診に至るまでの経緯やこれまでに治療した病名などを細かく書かなければならない。
39℃を超える体温で思考力は低下していたものの、私も医療者の端くれなので、これは完結明瞭に書かなければならないと、謎の使命感にかられながら書き上げた。
『11月5日昼前に強い悪寒を感じ、PCR検査を受けたが陰性。その後も悪寒の増強と発熱あり。19時には38.8℃が続き、その時点で市販の解熱鎮痛剤を内服し、ゼリーとオムライスを食べた。その後、解熱せず、39.3℃となったため受診した』
 
そう、最近は、高熱を出したらまずコロナ感染を疑う。
私もただならぬ強い寒気を感じたとき、真っ先にコロナ感染を疑い、自費でPCR検査を受けたが陰性だったのだ。
コロナが陰性だったなら、他に高熱の原因として考えられるのはインフルエンザか風邪しかない。
でも、咳も鼻水もない。高熱と頭痛と関節痛以外の風邪の症状は全くなかった。
大人になってから風邪にかかることも滅多になく、ましてやインフルエンザ以外の風邪で39℃を超えるような高熱を出すなんてあり得ないことだった。
そして、冒頭の『40.2℃』である。
こんな高熱を出すのは、インフルエンザしかない。
 
「ささおさん。ささおさん。16番診察室にお入りください」
 
診察室に入ると、若い研修医の先生が座っていた。
「熱があるんですね。コロナは陰性だった。関節痛もあるんですね?」
「はい。あとお腹も少しクルクルしている気がします」
インフルエンザでは下痢の症状も出やすい。
「うーん。解熱鎮痛剤の処方ぐらいしかできないんですけど、いいですか?」
「はい。ちなみにインフルエンザの検査とかはしてもらえますか?」
「コロナもインフルエンザもうちでは検査していなくて……。処方の内容がこれでいいか上級の医師に確認してきますね」
うぅ……。インフルエンザの検査ができないのは仕方ない……。
とりあえず、解熱鎮痛剤をいただいてホテルに戻ろう……。
 
こうして、私はカロナール錠を手に入れた。
 
カロナール錠は中枢神経系に働き、強い解熱鎮痛効果をもたらす。
私も、内服2~3時間後には37.5℃に解熱したが、また39℃台に戻るため、解熱の効果が得られている時間帯に飛行機に乗って福岡に帰ることにした。
福岡に帰った翌日も39℃の発熱は続いており、勤務先の病院の発熱外来でPCR検査とインフルエンザ検査を受けることになった。
これでやっと犯人を確定することができる!
結果は、PCR陰性、インフルエンザ陰性。
 
インフルエンザ陰性!?
私に高熱をもたらした犯人はインフルエンザ以外の風邪ウイルスだったらしい。
風邪症状を引き起こすウイルスは様々で、200種類以上あるとされている。
コロナウイルスもインフルエンザウイルスも否定された今、この200種類以上のウイルスの中から今回の高熱の犯人を特定することは不可能に近い。
結局、犯人はわからないままだ。
 
その後2日ほどで高熱は下がり、正体不明の犯人との戦いは終了した。
 
目には見えないウイルス。
確実に空気中に存在していて、いつの間にか私たちの身体に感染し、時には予想を超えた症状で私たちを苦しめる。
けれど、何のウイルスに感染しているのか特定できるのは一部だけであり、大半は正体不明のままだ。
正体不明の犯人は今日もどこかで進化を続け、いつか私たちに大きな被害を与える存在となるのかもしれない……。
 
 
 
 
***
 
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2022-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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