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人の噂を鵜呑みにしない


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記事:井上 美幸(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
ある時、会社のトイレで偶然一緒になった先輩女性から「見て、この腕。母親から椅子を投げつけられてこうなったの。やばくない」とシャツの袖をまくりアザだらけの腕を見せられて、私は絶句した。
どうして娘に椅子を投げつけるのか。事情が理解できていない私はただ驚いて、どう返事をしていいものか固まってしまった。
 
以前から、その方は当日に急きょ仕事を休む事が多くなっていた。そのため同じ部署の人達が「彼女は仕事をしない」と陰口を言っていることがあった。
同じフロアでも他部署にいる彼女の事情なんか全く理解していないのに、私はその陰口を鵜呑みにして無責任でだらしがないというマイナスの感情を抱いてしまっていた。
 
そういった時期に久しぶりに出社した彼女から腕についた大きなアザを見せられ、「何があったんですか」と聞いたところ、彼女も自分の苦労を誰かに聞いてほしかったのだろう、すごい勢いで話し始めた。
 
その先輩は、夫とは離婚していて、実母と娘2人の4人暮らしである。彼女が勤めに出ている間、おばあちゃんが孫娘たちの面倒をみたり家事をしてくれて、お互い支え合いながら生活してきたのだが、そのバランスが崩れたのは、認知症による人格の変化。
最初は脳梗塞、そして弱った足腰が原因で股関節と次に背骨を骨折してしまった。その入院生活が長く続きその間にすっかり認知症が進んでしまったそうだ。そして久しぶりに家に帰ってきた母親の性格は、今までと180度変わってしまい、怒りっぽく乱暴な性格になってしまった。
 
怒りっぽく乱暴になるのは認知症によくある話で、怒りのコントロールが出来なかったり、今の状況に本人が混乱したり不安を感じて、その怒りを家族にぶつけてしまう。
そのターゲットにされた、娘と1番上の孫娘には、言葉の暴力だけではなく、椅子などの物も投げつけて来るそうだ。
 
そんな認知症の母を抱えて、家事と仕事に、子供達の受験も控えて、頼れる兄弟もいなくて、一人で抱え込みすぎてホトホト疲れ過ぎてしまったのだ。
「大変ですね」と私は只々、彼女の気がすむまで話を聞いてあげることしか出来なかった。
 
そんな軽いうつ病の時に、客先へ提出する報告書作成で大変な時期があった。
軽いうつ状態であったので普通はしないミスを連発してしまい、同僚の男性からは「どこを見ているんですか。こんな簡単な事も間違えて、目くら判なんですよ」という辛辣な声が、だいぶ席が離れた私にも聞こえて来た。
驚いてコピーをとるついでに様子を見にいくと、彼女の上司やまわりの同僚は、何食わぬ顔で仕事をして助け舟を出さない様子だった。
 
その報告書は、大事な顧客へ提出するもので間違いが許されなく、納期に追われて余裕がない様子だった。また、休みがちな彼女のヘルプとして同僚の男性は急きょ担当させられて明らかに不満を抱いていた。
 
同僚の男性の気持ちも勿論分かるのだが、母親の介護疲れで軽いうつ病の彼女は、その報告書を客先に提出をしてから、3週間ほど会社を休んでしまった。
 
そして彼女が久しぶりに出社した時に思い切って声をかけてみた。
「同僚の男性からあんなにひどい言葉を投げかけられても、報告書の提出をやり遂げて本当に立派でしたよ。尊敬しています。でも大丈夫ですか」と聞いてみた。
そして彼女は、「やっぱり、他の人から見てもあの態度はひどいよね。あの時は親の介護疲れで精神的にまいってて、簡単な仕事でも普段通りに考えられなくて間違えてしまい、そして彼の発言ですっかり自信を無くしてしまったの」と泣いていた。
「今の家庭の状況と、今後の働き方について部長に相談してみる」と言って、長い間上司と話していた。後日、部長達が話し合って、彼女の仕事内容はあまり変えずに他部署に異動となった。
そして今では活き活きと元気に働いている。彼女の笑い声が聞こえてくるたびに、私はとても幸せな気持ちになる。あの時、彼女の気持ちに寄り添えた自分をすこし誉めてあげたくなる。
 
それから1年が経ち、今度は自分の父が脳梗塞で倒れて認知症も始まってしまった。その時に彼女の苦労を身をもって知ることとなった。
父のため会社を何日も休む羽目になった。仕事中も病院や取引先から電話が掛かってくるので、そのたびに席を外した。ただ、私の場合は、兄が2人と母の4人で役割分担が出来たのが本当に心強かった。
今ではだいぶ落ち着いてきたのだが、自分が経験してみてはじめてその苦労を知ることが出来た。頭では分かっていても、認知症になった父の相手は慣れていないし落ち込むこともあって、精神的に疲れてしまう。
 
介護が始まったら周りの家族は本当に大変なのだと思う。
仕事も続けられない可能性があって、現に親の介護が原因で仕事の休職や辞めざるえない人は沢山いる。
 
それぞれに介護や育児などの悩みを抱えていると思うので、悪い評判を鵜呑みにするのではなく、話を聞いてあげるだけでも、その人にとっては助けになるのかもしれない。
そして今も仕事を続けられることに感謝して日々頑張っていきたい。
 
 
 
 
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2022-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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