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走れ、ヨンロクビンゴ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
よくもまあ揃ったものだ。
年齢46歳、体重46キログラムの私は、この時すでにリーチがかかっていた。
11月13日、3年ぶりに開催される「福岡マラソン」のファンランの部に出場することにした。
ファンランはフルマラソンと違い、5kmという距離を「自由に走って、みんなで楽しもう!」というイベント的要素が強い。
普通にランニングウェアで走る人、思い思いに仮装をする人、仲間同士でTシャツを揃えて一体感を感じる人など、走るほうも沿道で見ているほうも楽しめる。
 
しかし、6月に出場を決めたにもかかわらず、私は走ることをまったくしなかった。
ちょうどコロナが再び蔓延し、平日は会社と自宅の往復をするのみ。万が一、ウイルスを持ち込んできたら、私だけでなく同居中の高齢の親にまで影響が及ぶ。
梅雨の時期はきついから、夏は暑くて熱中症になるから走りたくない。本番まであと1ヶ月を迎えると今度は仕事が忙しいからと、ますます走る気力が薄れていった。
要は走りたくない理由を考えることに長けてしまっていたのだ。
不思議なもので、人間はできる理由よりできない理由を考えるのが得意な生き物である。
2年もランニングから遠ざかっていた私にとって、5kmという本来楽しいはずの距離ですら高い壁のように感じられた。ようやく走るようになったのは本番まで3週間になった頃だった。それでも5kmどころか2.5kmまでが精一杯だった。不安しかなかった。
 
ちなみに大会に出場する際、1~2日前にランナー全員が指定された場所に「アスリートビブス」をもらいに行く。ビブスとはマラソンの時に胸や背中に付ける「ナンバーカード」のことである。昔は「ゼッケン」と呼んでいた人も多いだろう。
2020年4月から日本陸上競技連盟競技規則が改正され、「ナンバーカード」の名称が 「アスリートビブス」に変更されたという。
本番2日前、無事に「アスリートビブス」と大会プログラムをもらって帰路に着いた。
家族に見せたところ、普段はこういうイベントに口を出さない父が、すっとんきょうな声を出した。
「お前、このゼッケンの番号、狙ったんか!?」
「は? 狙うわけないやん。申し込み順やし」
「だって、40046の46ってお前の年齢やないか。お父さん今、鳥肌立ったぞ」
「おおーーーっ!! ほんとやん!!」
母と私が同じタイミングで叫んだ。言われるまで全然、気づかなかった。
すごいな、父。しかも、ちゃんと娘の年齢まで覚えていたとは。まだボケてはないようだ。
そして、私は思わずニヤリとした。
「ヨンロクビンゴ!!」
46歳、46キログラム、46番。こんなに揃うこと、ある!?
これで走らなかったら一生後悔する。歩いてでもいい。必ずゴールにたどり着いてやる!
そう心に決めた。
 
そして迎えた当日。
当初、降水確率70%だったはずの天気は、雨どころかうっすらと青空が見えた。早朝から汗ばむほどの気温で湿度は85%。空気がねっとりと重い感じだ。
8時20分、スタートの号砲と共に約13,000人のランナーが福岡のど真ん中を飛び出していく。沿道の観客に笑顔で手を振りながら、通行止めの大通りをみんなで一斉に走る。
スタート地点を過ぎれば、マスクも外してOKだった。
そう、これこれ! この感じ! なつかしい!!
ほんの数年前まで当たり前だったことが出来なかった。その期間をすべて吹き飛ばす解放感に包まれた。きっと私だけじゃない、すべてのランナーが感じたはずである。
 
ところが、順調に走り出したと思った2km地点で、私の体に異変が起きた。
足が思うように前に進まないのだ。過去2回にはなかった感覚だった。
夢の中でジタバタして足が動けないもどかしさ、と言えばおわかりいただけるだろうか。その間にも、後ろから来たランナーがどんどん私を追い越していく。
沿道では子供たちをはじめ大勢の人々が「頑張れー!」と応援してくれている。
走りたい気持ちはあっても、足全体が重い。懸命に上げているつもりでも、ヒョコヒョコ進むようにしか見えないはずだ。完全に練習不足だった。
横っ腹まで痛くなってくると、走るどころか歩くことしかできなくなった。
3km過ぎて、またもやランナーが続々と追い越していく。ひどい痛みで眉間にシワが寄るのがわかった。
こんなはずじゃなかったのに……。
ふと時計を見るともう9時前だ。9時25分を過ぎてしまったら、ファンランのゴールが封鎖されてしまう。少し走ってはまた歩く。まるでカメのような歩みだった。とはいえ、ここまで来てギブアップだけはしたくなかった。
なんとかあと20分でゴールにたどり着きたい。その思いが私の足を前へ前へと進ませた。
4kmを過ぎた頃、ポツリポツリと小雨が落ち、ザァーッと本格的に雨が降り出した。
あと1kmもないのに、どうして……。折れそうになる心と半泣きで、もう顔はくしゃくしゃだった。
それでも一歩前へ進みたかった。その時、
「ファンラン、あと250mやけん、頑張れー!!」
大会ボランティアの男性の声が響いた。叩き起こされたような感覚だった。
残り250m、絶対に走ってゴールしたい!
目の前に「FINISH」の青と白の文字がハッキリ見える。
そこからはもう無我夢中だった。人からどう見られようと構わなかった。ゴールしたいその一心で全身ずぶ濡れの中、250mを走りきった。
9時17分。ついにゴール!! 制限時間内に間に合ったのだ!!
完走証明書という形はなくとも、今日のことは私の心に一生残る思い出となるだろう。
 
ヨンロクビンゴの景品、それは豪華賞品でもなく、賞金でもない。
やりきったという達成感。それだけだった。
 
 
 
 
***
 
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