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メディアグランプリ

本屋大賞受賞作を読んだら、自分でも忘れていたコンプレックスが解消された話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:丸(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
実家の洗濯機は、洗濯が終わると、
 
ソファミレド・ミ・ドー♪
 
という音が鳴った。
 
「タララララ・タ・ター♪」としか聞こえなかった音が、ある日を境に「ソファミレド・ミ・ドー♪」と聞こえるようになったことは忘れがたい。
 
 
 
気がついた頃にはピアノを習っていた。
そこまで熱心に弾き込んでいたわけではない。レッスンは週に1回だけ。
お隣の家の奥さんがピアノ教室を開いていたため、意外にも長い付き合いになった。
奥さんは子どもの発言にも的確にツッコんで面白くしてくれる人だった。ピアノ以上におしゃべりが楽しかったのだ。
 
繊細さのかけらもない子どもだったので、壊れそうなメロディーをそっと弾くなんてことは到底向いていなかった。
「あのね、ここはもうちょっと優しく弾けるかな?」とさとされる苦痛さといったらない。
楽譜に「フォルテ(強く弾け)」という指示があると、それはもうチャンスタイムだった。「好きなだけ音を出していいよ! もっと強くていいよ!」と先生に言われるのがうれしくて、ダンダンと鍵盤を叩いていた。
 
壁に当たったのは、中高生になってベートーベンやシューベルトを弾き始めたときだった。
密度の高い音符が楽譜に並び、1曲が15分も20分も続く。
複雑な譜面を音として理解し、自宅の電子ピアノで繰り返し練習して弾けるようになったつもりでレッスンに行く。
しかし、先生の家の本物のグランドピアノで弾くと、まるで鍵盤の重さが違った。
 
修行中はあえて重しを身体につけておいて、ここぞというときに重しを外す。すると、「いつもより体が軽い! これで自由に動ける!」と言ってゾーンに入る少年漫画のキャラクターが昔いなかっただろうか。
 
それの逆バージョンである。
グランドピアノの鍵盤の重みに腕が疲れ、思うように指が動かなくなる。練習で弾けた箇所も、ミスタッチが増える。ようやく「この重さに慣れてきたか?」という頃、レッスンが終わる。
そんな繰り返しだった。
 
なかなか上達できないのは、電子ピアノだからなのかな?
グランドピアノで練習できれば、もう少し上手になれるのかな。
 
そんな思いが頭をもたげた。
 
かといって、グランドピアノを買ってほしいと言える立場でもなかった。
電子ピアノ自体が大きな、贅沢なお買い物だったことはわかってる。自分はピアノが大して上手でもなく、手慰みに鍵盤を叩いているのが楽しいだけ。
この先何年続けるかも、正直よくわからないし。
そんな風に自分に言い聞かせた。
 
やがて、引っ越しを機に、ピアノを習うのはやめてしまった。
最後のレッスンでの演奏も、弾きこみが足りなくて、まったく上手ではなかった。
隣の奥さんは「うーん」と首をかしげながら、一応丸をつけてくれた。
「本番に強いよねぇ」と言って、ぐるぐると花びらがあふれんばかりの花丸をつけてくれた日もあったのに。
評価が欲しくてピアノを弾いていたわけではない。
ただ、ギリギリお情けの丸と、なんとも言えない微妙な空気が胸に残った。
 
 
 
習うのはやめてしまったが、大人になって気づいたことがある。
ピアノが登場する本を読むのがとにかく楽しい、ということだ。
社会人になると、本屋で平積みになっている単行本もお金を気にせず買えるようになった。本屋大賞受賞作は大体面白いので、自然と手を伸ばす。
 
2016年、『羊と鋼の森』。
2017年、『蜜蜂と遠雷』。
本屋大賞受賞作は、不思議とピアノにまつわる話が多かった。
 
そして2019年、『そして、バトンは渡された』。
4回名字が変わった主人公のちょっと変わった半生。
どこか個性的で、いつもあたたかい家族たち。
それがこの本の見どころではあるのだが、電子ピアノユーザーとして感情移入できるポイントが随所にあった。
 
主人公は高校の合唱祭でピアノの伴奏をすることになるが、自宅には電子ピアノしかない。
電子ピアノの鍵盤の軽いタッチに慣れていた主人公は、音楽室のグランドピアノの鍵盤が深く押せないという壁に当たるのだ。
 
わかる。
それだけありふれた悩みだったということだと思うが、読みながらうならずにはいられなかった。
 
物語の後半は、ピアノを中心に進んでいく。
なぜ、主人公は尖った才能とさわやかさを兼ね備えた同級生の早瀬君に惹かれるのか。
なぜ、主人公は3人目の父である森宮さんと喧嘩してしまうのか。
 
そもそもなぜ、中学からピアノを習い始めた主人公が、合唱の伴奏者に選ばれるほどピアノが上手なのか。
それ自体、主人公がいろいろな家を渡り歩いた人生が深く関係してくる。
 
早瀬君と主人公が会話をするたびに、私が学生時代に感じていた「電子ピアノじゃなくてグランドピアノがあれば、自分は何か違ったのかな?」という微妙なコンプレックスは霧散していった。
 
そしてこの本を読み終わったとき、どれだけあたたかくてうれしい気持ちになっただろう。
 
子どもの頃ピアノを習っていた人も。
「あれがあれば、もしかしたら自分も……」と思ったけれど、そっと諦めた記憶のある人も。
 
ぜひ、読んでみてほしい。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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