メディアグランプリ

雨天決行な毎日に


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記事:宮脇真礼(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
どっちつかずの小雨が、いつもぱらぱら降っているかんじがする。
うだうだ考えて、考えるのが面倒になって、「しょーがないからやるかあ」となんとなく進んでいる感じ。雨天決行みたいな毎日だ。
「決行」といっても、どんなときもやったるで! なんてポジティブさはまるで持ち合わせていない。
 
でも、惰性でだって続けていかないと。人生は止められないのだからと、ずっと思っていた。
そんな中、親友が「雨天中止」の判断を下したのである。
1年と少し前に起きたそれは、私にとってはあまりに突然のことだった。
 
 
「そういえばちょっと前から仕事、休んでるんよね」
 
クレヨンしんちゃんの映画を見た帰り、パスタ屋さんで遅いランチを食べ終えてまどろんでいたときだった。お皿にこびりついたソースに目を落としながら、彼女がおもむろに呟いた。
 
さっきまで春日部防衛隊の胸熱すぎる絆について語り合っていたのと同じテーブルである。
温度差を感じさせない穏やかな口調なのに、なんだか一瞬でその場の空気が重たくなる感じがした。思わず彼女の顔をまじまじと見つめた。
長く一緒にいればいるほど、いろいろなことが当たり前になる。今どんな表情で隣にいるのかなんて、いつのまにか考えることもなくなっていた。
――このこ、こんな顔してたっけ。
案の定、私はそのときになってようやく彼女の異変を実感した。
 
彼女は終末期病棟で働く医療従事者だった。近況報告程度に仕事の話をすることはあれど、掘り下げて聞いたこともなかった。
なんとなく決行できる程度じゃないくらいの雨が、彼女には本当に降っていたのだ。
 
 
親友とうつ病。
その関係の中に自分をどう置いたら良いのかわからない。
家族じゃないからむやみに踏み込むこともできないし、けれど自分の一部が痛むような、そんな存在でもあるのだ。自分で「親友」なんて言ってしまえるくらいには。
何と言葉をかけるのが正解かわからなくて、休職を打ち明けてくれたそのときも、私はそうなんだ、とうなずくことしかできなかった。
 
少し経ち、時短勤務で一度は復帰したものの、不安定な症状が続いた彼女は退職することになった。
そのときも私はかけるべき言葉に迷っていたし、数カ月後に飲食店でアルバイトをすることになったときも、やっぱり気の利いたことは言えなかった。
そんな折、大学時代の先輩と久々に会った。いつでも私のほしいところにジャストヒットをかます言葉の使い手である。つい、友人の状況についてこぼしてしまった。
 
「自分のために自分がそこにいちゃいけないって、気づけてよかったね」
 
しんどかったね。つらかったね。これからはもっと——
浮かぶのは今までの彼女をどこか否定する言葉ばかりで、やっぱりどれも違う気がしていた。
先輩が迷いなく放った「よかった」という言葉は、まっすぐ自分の胸に落ちた。
何かを発しなくても、寄り添って話を聞いて、それだけでいいのだと思うようになった。
そして、彼女がやりたい、行きたいと言ったことは絶対に叶えようと思った。無駄に比べてほしくないから、自分の仕事の話は極力しないようにした。アルバイト生活でお財布事情も気にしていたから、出かけるときは極力手軽なお店に入った。話してくれることには全力で耳を傾けて、うなずいて。
 
けれど、いつでもそんなにうまくはいかない。基本的に私は私の生活をするので精一杯な人間なのである。
彼女には結婚を考えられる彼氏も、支えてくれる両親もいるのに。
純粋な「いいなあ」と、どうしようもない「いいよなあ」がとぐろを巻いて自分の中を満たすときが時々……割とある。それでもやっぱり彼女のことが好きだから、いろいろ悶々とした末に彼女が健やかでいることを考えているのだった。人と上手く関わるために、自分の機嫌をとるのが上手になっていく感覚があった。
 
彼女がアルバイトを始めた飲食店は、高尾山の中腹にあった。出勤の日にはよく「今日のベスト高尾山」を送ってくれた。
おだやかながら生命力にあふれる景色を見ながら、それらが彼女にもたらしているものを思うと少しほっとするのだった。
 
送られてくる景色が紅葉に色づき始めた頃、彼女に誘われて高尾山に登った。天気は100%の雨予報だった。それでも敢行した。
予想はしていたものの、全くもって甘かった。小川のような坂道を上り、靴はたちまち浸水。足先から冷たさがせり上がって、もう寒さしかない。それでも一歩ずつ踏みしめて、どうにか山頂に辿り着いた。
案の定、私たちは視界一面に広がるもやもやした霧の前に立ち尽くすしかなかった。どれくらいそうしていただろう、何にも見えない景色の前で、彼女がおもむろに言った。
 
「私、来月でここ辞めるんだ。——年が明けたら、また病院で働くよ」
 
彼女にはこの景色がどんな風に見えているのだろう。
見渡す限りグレーの展望は、全くもって希望のかけらもなかった。
でもきっと、人生ってこんななんだろうなあ。
何も見えないとわかっていながら、登り続けなきゃならないときもある。それでも、ここまでの道中は楽しかった。もう泣きっ面に蜂すぎて、もはやぶるぶる震えながら2人してずっと笑っていた。客観的にどう見えようとも、その思い出を私たちだけが持てていればいいと思った。
隣にいる彼女の方をあえてちゃんと振り向いて、見えた顔は清々しかった。体温を奪い取られてキョンシーみたいな顔色になっていたけれど。
よかった。1年前に見つめた彼女の目にはなかった色があるような気がした。
 
「スカイツリーも見えるんだけどね。晴れてたら」
 
これからも続く雨天決行な毎日を、それでも楽しく生きていけますようにと願った。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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