あなたにとってはたくさんの内の1人でも、僕にとっては
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:神田 銀平(ライティング・ライブ東京会場)
「私、めちゃくちゃ驚いたんですよ。最初の内は、数人だけにコメントしてると思ってたんです。でも、まさかあのクオリティで全員に返してるなんて思わないじゃないですか」
研修が終わった頃、本社でその子に会って、すごいですね。というコメントをもらった。年下の子に褒めてもらっても嬉しくない。と言えばそれは嘘になる。
「まぁ僕は好きでやってるからね。でも、先輩みんなが僕のように教えてくれると思っちゃいけないから、あんまり期待しないようにね」
「はーい」
その子は分かったような、分かっていないような返事をしながら、僕との会話を終えた。僕は果たして、彼や彼女たちの役に立てたのだろうか。
その年の3月頃になって、社内はとても慌ただしかった。新入社員50名分の携帯電話、ノートパソコン、タブレットを入社式までにバタバタと用意し、半年間に及ぶ研修計画案も長いこと煮詰めて、ほぼほぼ完成となった。そんな時。
「今年も新入社員の研修が始まるんだけど、人手が足りないって言うから、君、手伝ってくれない?」
「分かりました」
サラリーマンなので、嫌です。とは言えなかった。上司がやれと言えば、僕はそれをやるしかない。一つ要望をあげるとしたら、仕事が増えた分、給料も増やして下さい。と、そう言いたかった。
無謀にも、以前そういうことを冗談めかして上司に言ってみたことがある。
「君の言うことは分かるよ。そうだよね、頑張った人は評価されるべきだとオレも思うんだけど、会社だからね、その言葉を簡単には受け取れないかな」
「まぁ、そうですよね。冗談です」
サラリーマンなのだから仕方がない。たくさん仕事をする人と、給料さえもらえればそれでいいと思って仕事をする人だと、成果の量は違うのだが、入社年度が同じであれば給料に大きな差はでない。そのため必要最低限の仕事だけをこなすのが、合理的な働き方なのだと一般的には言えるのかもしれない。
新入社員が一週間に行った業務を週末に振り返り、出来るようになったことや反省点、感想を書いて提出する『課題:一週間の振り返り』というものの提出先を仕事として引き受けた。新入社員が提出してくる課題を毎週チェックし、フィードバックする。という業務が、僕に新しく加わった。
自分が新入社員の時にもこういった課題があって、あの時は教育担当の人に毎週末提出してコメントをもらっていたっけ。と懐かしく思いながら、今度は自分の番なのかと不思議な感覚になった。
そして迎えた最初の週末。提出期限は金曜日の定時である17時だ。やる気に満ち溢れる新入社員たちの課題を眺めるのは思いのほか面白かった。50人もいるのだから、とにかく色んな性格の子がいるのだと、最初に思い知った。これは本当に一週間の出来事なのかと疑いたくなるくらいの量を書きこむ子や、提出期限を守らない子、一週間を待たずして、一週間の振り返りを提出してくる子と、バラエティに富んでいた。
月曜日の朝から僕は50人分の課題に目を通していった。そうして課題についてコメントを返していたら、月曜日の業務時間が半分を過ぎていた。え、なにこれ、ちょっと待って、もうこんな時間なの?
なぜこんなことになってるのか、ちょっと計算してみた。今30人分くらい見たから、9時から始めて12時でしょ。180分を30人で割ると1人6分か。……妥当だな。そうか、このペースでやればこうなるな。うん、当然の結果だった。そして、絶句した。このペースでやってたら、月曜日を新入社員の課題確認だけで終えてしまう。普段の業務までたどり着かないうえに、メールも溜まる一方だ。このままではまずい。なんとかしなくちゃ。
初週を終えた僕は考えた。毎週月曜日をこの業務だけでつぶしてはいけない。この課題は12週間続くのだ。何とか月曜日の午前中だけで終わらせないといけない。そうなってくると1人当たりに掛ける時間は、およそ1人4分弱、違う。3時間フルで集中できるわけじゃないから1人当たり3分だ。
ものすごくシビアだ。たった3分で新入社員たちの課題を確認し、どうすればこの子のためになるか考え、来週はこういったことにチャレンジしよう。とか、この反省点は誰にでもあることだから気にしないで大丈夫。とコメントをしなければならない。
大変よくできました。というスタンプを押すだけではきっと物足りない。彼らは大学を卒業したばかりではあるが、もう大人だ。
研修の目的は、彼らをいち早く一人前にすることであり、僕はその責務を果たすため、この業務に全身全霊を注いで取り組んだ。
12週間を終えた僕は達成感に包まれた。
そして、いくつか分かったことがある。
50人が僕に課題を提出してくる。そして僕は一人一人にコメントを返す。
これはキャッチボールみたいなもので、彼らが全力で投げてくるのならば、僕も全力で返さないと失礼だ。そう思って12週間のキャッチボールを続けた。そうすると、彼らがちょっとずつ成長している感触がこの手で分かるのである。
ワールドカップを見ている時のように思うのだ。頑張れと念じれば、答えてくれる。でも、この仕事はワールドカップとは違った。
「応援してくれて、ちゃんと見てくれてありがとうございました」と僕に直接お礼が届く。なんと気持ちのいい仕事なのだろうか。
彼らは真剣で、僕も真剣だった。だからこそ、このやり取りが続いて、お互いにやり通すことが出来たのだと思う。
僕にとっては50人の新入社員だ。でも彼や彼女たちにとって、僕はたった一人の先生なのである。僕が新入社員時代の教育担当を思い出したように、彼らも僕を思い出すのかもしれない。そう思うと感慨深かった。
手を抜くことなんて簡単だ。今一つでした。大変よくできました。その一言で済ませれば、さっと見るだけでいいし、時間だって使わない。でも、だからこそ、時間をかけて見てもらえれば嬉しいし、感謝だってしたくなる。
僕らは大人になるにつれて、誰かに何かを教わることは少なくなってくる。誰だって自分のために時間を割きたい。見返りが無いのなら、それに力を注ぐ必要なんてないと思ってしまう。そう思ってしまうからこそ、教えてくれるということのありがたさを今一度噛みしめたいと思う。
今回のライティングゼミにしても同じだ。僕が力を込めて投げたボールは、同じくらい強い力で返ってくる。それを当たり前だなんて思っちゃいけない。
褒めてくれることも、もっとこうしたほうが良くなりますよ。とダメ出しされることもある。ダメ出しなんてせずに、ちやほやするだけの方がずっと楽だ。言いづらいことをわざわざ口にするようなことは誰だってしたくない。でも、真剣に向き合ってくれているからこそ、そういう指摘もしてくれる。
教わることや、教えることは、今までも、これからもたくさんあると思う。僕はそのたびに、真剣に向き合ってくれる生徒や、先生に、心を込めた感謝を伝えたい。この言葉だけじゃきっと伝わらないと思う。でもこれだけは言いたい。真剣に向き合ってくれて、本当にありがとうございました。あなたのおかげで、僕は未知の世界を自分の足でもう少し先まで歩いて行けそうです。
***
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