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メディアグランプリ

世の中を渡り歩く外国語


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ポリグロット(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「マジかっ!? これに並ぶのかよ……」僕たちと同じバックパッカーが並ぶ長蛇の列。1時間待ちコース確実だ。このとき、ユーレイルパス(EU西側圏内の期限付き鉄道乗り降りし放題乗車券)一枚でヨーロッパを貧乏旅行していた。
スペインのバルセロナで下車する。駅構内を見まわし、日本でもおなじみの「i」印のある旅行案内窓口を探す。ちょっとした観光都市なら必ず「i」印がある。持参したガイドブックには載っていない穴場や安宿の情報をここで収集する。
ユーレイルパスを使って周遊するとき、「いかに効率良く、より多くの観光地を期限内に巡るか」というある種のミッションめいた課題を背負っている。少なくとも僕たちはそう考えていた。
 
お金をかければ、旅行会社に全部任せて事前に宿泊先や各観光スポットの有名お食事処を予約しておくこともできる。それでは面白くない。往復の航空券とユーレイルパス、3日ぶんぐらいの着替えとガイドブック、それにペーパーバック版の軽い辞書だけを持って、残りは全部現地で成り行き任せ。それがバックパッカーの醍醐味だ。少なくとも僕たちはそう考えていた。
「予約なんかしなくても、全て現地調達で何となるさ」という、ちょっとだけ旅慣れている感じの自己満足と引き換えに、列車を降りる旅に情報収集と宿の予約を短時間で済ませるプレッシャーを課される。
 
電車を降りたらまず「i」印。窓口で得た情報をもとに、観光スポットへの交通アクセス、ユースホステルの予約先などの情報を入手する。無事ユースホステルでその日の宿泊予約を済ませてちょっと一息。しかし、おちおと休んでいる暇などない。出来るだけ多くの観光地を巡るミッションが待ち受けているからだ。
 
「i」印の窓口で1時間のロスタイムはかなりの痛手だ。できれば避けたいが、ここでしか得られない情報は何としても獲得したい。ふと右隣の窓口を見る。列に並んでいる人数は、はるかに少ない。これなら10分から15分程度の待ち時間だろう。
そのとき僕たちが並んでいたのは、英語対応の窓口。隣の待ち行列は、スペイン語対応窓口のものだった。国外からの旅行客の多くが、必然的に左側の窓口に集中する。右側の窓口は、国内旅行者かスペイン語のわかる旅行者用だ。
僕はちょっと考えてみた。今必要な情報は、観光地へのアクセス方法と、近くのユースホステル情報。
『これなら、僕のたどたどしくつたないスペイン語でも、何とかなるだろう』 自身があったわけではないが、『本当に切り抜けられるのか試したい』という好奇心がまさった。
僕たちはスペイン語窓口の方に並び替えた。ほどなくして順番が回ってきた。
『やっぱりこっちに並んで良かった』予想したとおり、たどたどしいスペイン語でも欲しい情報を得るには十分だった。その後の市内観光も特に問題なく運んだ。
 
その後訪れたフランスのマルセイユでも、同じような体験をした。英語対応の混雑した「i」印の窓口と、フランス語対応の余裕のある「i」印の窓口。ここの英語窓口実はスペインとは比較にならない程の長い列が出来ていて、とても1時間コースどころの騒ぎではなかった。フランスは特に、フランス語が少しでも話せる人かそれ以外かでの区別があからさまだ。ちょっとでもフランス語を話そうとする人には、みんな割と優しい。だから、たどたどしいフランス語でも全く問題ない。完璧に話せなくてもフランス語窓口を選ぶのが正解だ。
英語対応窓口のサービスに不満を持ったアメリカ人らしき男性が喚いていた。「あまりにも時間がかかって、こんなのありえない」といった趣旨だった。ちょっとでもフランス語を話そうとしない人、特に英語でゴリ押ししようとする人には、みんな割と優しくない。
 
海外に出ると、英語を使ったコミュニケーションは、確かに使い勝手が良い。しかし、実際に町の中のちょっとしたお店に立ち寄って、ちょっと面白そうなものを見つけて、ちょっとお店の人に質問をしたいときなどは、やはり現地の言葉の方が、はるかに有効だしそれに楽しい。こんなとき、英語は割と役に立たないことが多い。
 
こうして、僕たち、僕たち夫婦は航空券とユーレイルパスだけの、ケチケチバックパッカー新婚旅行……というよりは冒険を2週間ほど満喫して帰国の途についた。
 
旅行期間中、私の行き当たりばったりのインチキ多言語対応を見続けた彼女が旅の終わりに言った。
「あなたは洗濯機みたいね。一家に一台あると便利」
 
久しぶりに新婚旅行の話を思い出した。きっかけは、つい数ヶ月前の出来事だった。
JR東日本の自宅最寄り駅で、Suicaを使って乗車券を購入した際、券売機がバグった。その際、二重に支払ってしまった乗車券代を払い戻してもらうため、後日JRの相談窓口に電話をした。最寄り駅では一切電話による相談を受け付けておらず、全国共通の相談受付窓口に電話をした。1つしかない相談受付番号は、全国から相談が集中しているらしく、何度かけても全く繋がらない。
JRのサイトを再度確認すると、何度かけても繋がらない日本語窓口のほかに、英語の相談番号があるではないか。『英語で問い合わせている人の方が少ないはずだ』と思い、ダメ元でかけてみると、すぐに繋がった。明らかに話者が日本人であることが分かる英語で、オペレーターが “This is JR East Japan……May I help you?” と応えた。「私も日本人だ。英語の窓口にかけたのは、日本語の窓口が繋がらないからだ」とことわった上で、互いに日本語に切り替えて対応してもらった。
 
国内にいても海外に行っても、どの言語を使うのが最適なのか、選択を迫られることがある。これは、「沼に落としたのは使い古したボロボロの斧なのか、真新しい金の斧なのか」を選ぶよう様神様に迫られるようなものだ。選ぶべきものと、選び得るものとの葛藤。この手の話では、使い古した斧を正直に(手慣れた日本語や英語を安全に)選択するのが定石だ。しかし、現実には、真新しい金の斧を、自分のものではないのに自分のもののようなふりをして選んでみる(海外旅行中に、慣れないスペイン語やフランス語を、使えもしないのに使えるふりをして冒険してみる)のも、国内で英語のサービスを利用してみるのも、実は結構有効だったりする。その場その場の判断力と行動力で、street-savvyに(あざとく)切り抜けることも、ときには大切だろう。
 
 
 
 
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2022-12-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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