メディアグランプリ

欲深いわたしの答えはぜんぶココにあった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:香山ハク(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
「まだ気がつかないの?」
湯気がのぼる鶏鍋をつつきながらMくんがぴしゃりと言う。
3年ぶりにN.Yから帰国した彼とやっと乾杯できたのに、なんだかしゅんとなった。
「姐さんさあ、逢うたびに今年はこうしたい、ああしたいって言うけど、全然叶ってないよね。だとしたらそれはエセの願望ってことなの。それを認めた方がいいよ」
 
腰まで伸ばした髪をゆらゆらさせながら、お豆腐やらネギやらを小皿にわけてくれるMくんは、わたしの弟のようであり妹のようでもある、10年来の不思議な関係だ。
鍼灸師という職業柄、哲学や禅にもくわしくて昔から悟ったようなことを言う。たまにチクッと痛い。パンデミックの影響で日本に帰ることが難しかった数年間で成熟さがグッと増していた。
 
「じゃあ、ニセモノの目標に向かってるの?わたし」
「そう。姐さんが目指してるそのプロジェクト、本当に魂の望むことなのか見極めてない気がする」
魂ってそんな……。刺された胸のチクリがさらに深くなる。
「早く気がつかないと、いつまで経っても夢を追いかけるだけで人生終わっちゃうよ」
え? まさか。そんなの嫌だ。長年目指してきた夢なのに。
魂とかよくわからない。せっかく久しぶりに逢ったのだし、心境報告のつもりで仕事の話をしただけだ。それにゴールが大きいと生きるエネルギーになる。それのなにがいけないのか?
 
確かにわたしはMくんよりずっと歳上で中年のおばちゃんだ。今だって冴えない格好をしてイケてない。自覚もある。それでも理想くらい持たせて欲しいじゃないの。
なのに、それもニセモノ? じゃあ、わたしはどこに向かっているのだろう。このまま人生終わっちゃうって? 勘弁してほしいな。
 
「で、姐さんは、どうなったら最高なの?」
Mくんの言葉に頭が真っ白になった。どうなったら最高、そんなこと考えたこともなかった。
 
彼曰く、みんな幻想を見ているだけなのだそうだ。
『無いから欲しい』と感じているだけだから本音からズレている、と。
そうじゃなく、“あなた”はどうなったら嬉しいの?
 
「もっと言うとね、欲しいと思わされているだけなんじゃないか?って自分を疑うといいよ」
信じるんじゃなくて疑う? ますますわからない。
「だって、完全にコントロールされてるじゃない、ボクらって。世界は『イリュージョン』だよね。みんな気がついてるくせに」
目を覚ませ、ってことか。相変わらず真髄から入るひとだ。
 
「どうなったら最高? って自分に問うだけなのに、どうして難しく感じるんだろう」
聞くと、彼は淡々として答える。
「ボクは、ワクワクするだけで願望達成とか、好きなことだけしていればお金も幸せも勝手に引き寄せるとか、ちょっと前に流行ったドーパミンを刺激するだけの無責任なことを言うつもりはさらさらないよ。答えはぜんぶココにあるの」
真っすぐに目を見ながら、自分の胸を指で刺した。
そうだね。外側に答えを探しても見つからないのだ。
 
今回のパンデミック騒動で、マンハッタンに住むMくんは相当な苦労を虐げられたに違いなかった。
12年前、ヘアメイクの仕事を夢見て海を渡ったものの、業界で食べていくにはすぐに限界が来た。日本で鍼灸師の資格を取り、再びマンハッタンへ戻ると身ひとつで施術をしてきた。
現在は同性パートナーとともにN.Yで治療院を経営している。それだけでも並大抵のことではないタフさだ。
なのに、3年ぶりにこうして居酒屋にいても、ひとことも愚痴をもらさないばかりか終始嬉々としている。人生謳歌、そんなオーラが溢れている。
それに、いつ見てもキレイだ。サラサラの黒髪も揺れるピアスも、性別を超えて人として魅力がある。余裕を感じる。そういえば最近、こんな風にオーラを纏った人と話していなかった。
 
それに比べてわたしはどうか。
相変わらず、今年こそは!と、夢見る夢子ちゃん的な発想をしては、心の底で「どうせ……」とあきらめの部屋で膝を抱えてうずくまっているのではないか。
自分を疑うというのは、その部屋で籠っている幻のわたし自身のことなのだろう。
いつ、どうやって持ったのかさえ忘れてしまった概念だけの“夢”だった。
 
社会情勢がどんどん変化している今、さまざまな制限が解除されても、紛争や経済問題など、わたしたちが平和に暮らすために必要なリソースが脅かされている感じが拭えない。だから、どうなったら最高? なんて聞かれてもすぐに答えられなかった。
 
彼の言うように、社会が都合のいいようにコントロールした『イリュージョン』に誰もが幻滅している。情報ノイズを切り捨てるのに精一杯で、自分の最良なんてイメージしづらい。
不安を煽られ、その心細さを誤魔化すために、偽の夢を見る。
なぜなら、それがないと虚しすぎるから。世界が幻だと気づいてしまったら、あまりにも恐ろしくて押しつぶされそうになるから。
 
無いから欲しい。いや、求めてもいないことを欲しがるようにコントロールされているからこそ生まれた枯渇。
そうやって不足を埋めるための偽の夢は、海水に似ている。どれだけ飲んでも喉の渇きはおさまらないばかりか、欲すれば欲するほど渇きはひどくなる。
この悪循環を終わらせないと、いつまで経っても自分の人生を生きることができない。Mくんはそれを幾度となく経験してきたのだろう。
 
わたしね、キミみたいに現実的で人生をしっかり生き抜いて逞しくてキレイな人になりたい。
そう言うと、満面の笑みが返ってきた。
「じゃあ、明日から特訓ね。5歳若返り作戦しましょ!」
 
 
こうしてわたしの新年の目標ができ、Mくんに本場N.Y流ピラティスを教えて貰えることになった。
運動は大の苦手だけれど、克服できたらうれしい。5歳若返ったら、もっとうれしい。こんな素直な気持ちがまだ自分の中にあったなんて、なんだか恥ずかしかった。
そして、くすぐったい胸のずっと奥に、扉を閉ざしてきたわたしの本質が隠れていることに気づいた。
本当は叶えたい夢など大してなくて、夢へ辿り着くまでのプロセスを体験したいのだ。だからこそ、わたしという存在でこの世に生まれてきたのだから。
 
人生は一度きり。ならば、世界がどうあろうと、わたしという物語を最高のものにしたい。
そのために、エネルギーいっぱいの身体が欲しい。年齢なんて吹き飛ばしてしまうほどのパワーで理想に突き進みたい。
欲深いわたしは、ゲームみたいなこの世をこれからも遊び尽くそうと思っている。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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