ごめんよ、バスト
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
昨年の夏頃から左胸にちょっとした違和感があった。
病的なものではない。なんだかブラジャーがきついなと思ったのである。
特に胸の下の辺りがキュインと締めつけられる感じだ。
男性にときめきキュンキュンするのは大歓迎だが、キュインキュインするのはノーサンキューである。しかも相手は、人間ではなくワイヤーだ。文句すら言えない。
でも当時は深く考えてはいなかった。
「最近、ブラをランジェリー用洗剤で洗ってなかったから? ワイヤーが縮んできたかな? それとも、そもそも運動不足でコロナ太りなのかも……」
「どれもなんじゃないの?」と友人に言われたが、軽く流してしまっていた。
さすがにヤバいと思ったのは、年が明けてセールが始まった時期だった。
持っているブラのほとんどがパツンパツンになってきて、仕事中でも痛みが気になるほどだ。重症である。このままでは、私のバストがピンチだ!
ブラはプロパー(定価)で買うと、デザインの差はあれど5,000円はする。
せっかく買うのであれば、セール品(といっても型落ちくらいなら、決してモノは悪くない)を買うのがお得だし、派遣社員で安月給の身として、選択肢は狭い。
樋口一葉が財布から去っていくのを見るのはつらい。せめて野口英世4人程度に留めたい。
というわけで、久しぶりにランジェリーショップへ向かった。
お店に入ると素敵なデザインのブラがずらりと並んでいた。
おおっ! 英世3人でおつりが来そうなデザインが、あそこにもここにもあるではないか!
この新しいブラで今年初の「秘めフォト」を撮りに行くのもいいわねぇと、一人、妄想だけが豊かに膨らむ。
とりあえず気に入ったデザインのセール品を数点持って、店員さんに声をかけた。
「すみませーん、試着したいんですけど」とワクワクしている私。
「はい、どうぞ。サイズもお測りしましょうか」と私よりも一回り以上若いと思われる店員さんは笑顔であるが、どこか冷静だ。
「そうですね。しばらく測ってなかったのでお願いしまーす」と呑気にかまえていた。
顧客管理のタブレットを操作していた店員さんが、突然「ん!?」という顔つきになった。
「えーっと、前回当店でお測りしたのは、2018年9月ですね……」
「ひーーーっ! そんな前だったんですか!? すっ、すみません」
2018年ですってよ、奥様。
もう5年も測っていなかったなんて。そりゃ痛くもなるわ。激しく後悔である。
穴があったら入りたい。いっそのこと、自分を閉じ込めてフタをしてやりたい気分になった。
なぜなら、恥ずかしながら私は下着メーカーに勤めていたという過去があるからだ。
在籍期間は短かったが、採寸や接客をする店員さんのシフトや勤怠管理をする側だった。
それでも基礎知識としてバストの測り方は習ったし、当時は定期的に測って合うものを身に着けていた。
ちなみにブラのサイズというものは、見た目だけで決まるものではない。
サイズを知るために必要な採寸箇所はたった2ヶ所。
ご存知の方も多いかもしれないが、アンダーバストとトップバストである。
アンダーバストはバストのふくらみのすぐ下の部分で、トップバストは文字通りバストの一番高い部分である。
それぞれ柔らかいメジャーを使って周囲を測る。このとき、胸を大きく見せようとしてメジャーをたるませたり、アンダーを細く見せようとしてスゥーッと息を吸ってしまってはNGだ。一番リラックスした状態で測るのが望ましい。
また、カップについては、アンダーバストとトップバストの差がAカップの場合は9~11センチ、Bカップの場合は11.5~13.5センチというように、2.5センチ刻みでサイズアップしていくのである。
10年以上前に習ったことが頭からすっかり抜け落ちていて、私は自分のバストをほったらかしに生きてきたことになる。ああ、ごめんよ、バスト。
抜け落ちていた記憶のカケラを必死に拾い集め、試着室で測ってもらうと、案の定アンダーバストがワンサイズアップしていた。
しかも、セール品で見つけたブラがことごとく合わないのである。
胸の割れ目にワイヤーがくい込みそうになったり、片方の胸肉(決して鶏ではない)が微妙にはみ出ていたり。誰に見せる予定もないのだが、なんとも悲惨な姿である。
これが5年ほったらかしにしていた結果か。私は鏡を前に呆然とした。
そして、「お客さまのお胸でしたらこのタイプが合いそうです。ぜひ試着してみてください」
と店員さんが持ってきてくれたのは、定価だが新しいタイプのブラだった。
「どれどれ……」
と試着してみると、なんとジャストフィット! 全然痛くなーい!!
しかも、40代後半なのにツンと上向きバスト、かつ全体的にボリューム感もある。最高だ。
値札をチラリと見て、一葉が去っていく寂しさを2秒だけ考えたが、いや、ここはブラに費やす価値がある、と一葉を手放すことに決めた。
そんなわけで、新しいブラを身に着けた私はバストだけでなく、いつの間にか気持ちまで上向きになっている。なんならスキップまでしたくなるほどの嬉しさである。
人が生きていて一番怖いのは、思い込みである。
今までがこうだったから、これからもこれでいいだろう。
自分の体は一番よく分かっているから、試着なんてしなくても大丈夫。年下の店員さんに胸を見せるなんて、こっぱずかしい! でも明るい気持ちでいたい。
そんな方には、ぜひ一度ブラの試着をしていただけると私は嬉しい。
50代になろうが、60代になろうが年齢は関係ないのだ。定期的にバストを測ることで自分の体を知り、客観的に見ていくことは自分も周りも楽しい気分にさせるだろう。
もし、ご自身の彼女や奥様に最近元気がないなと思ったら、新しいブラを買う資金をこっそり提供してみるのもいいかもしれない。
そして、そのブラ代でその人の魅力を今まで以上に引き出すことができれば、「お値段以上」なことが貴方に待っているかもしれないから。
***
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