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インドが教えてくれたこと


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記事:Keita Hosoya (ライティング・ゼミ 12月コース)
 
 
「インド。それは人間の森。木に触れないで森を抜けることができないように、人に出会わずにインドを旅することはできない」
 
23歳の頃、初めて1人で海外旅行をした。
その旅程は今おもっても挑戦的で、バックパッカーでも上級コースとされる旅先インドに、なんの下調べもせずリュック一つで乗り込み、1週間気ままに放浪するというものだった。
頼りにしたのは、地球の歩き方1冊。冒頭の文章は、地球の歩き方インド編の1ページ目に掲載されていた、「インドへのいざない」という文章の一部である。インドへの旅を、ここまで的確に表現した文章を私は他に知らない。
 
厳密に言えば、インドは旅先の1つだった。
そもそも一人で海外旅行をしようと思った訳は、仲良くなった学生寮の隣人であるスリランカ人留学生から、「俺が国に帰ったら是非あそびにこいよ」と誘われていたからである。
友人の実家は、セイロンティーのプランテーションを経営している裕福な家で、1週間家に泊めてくれ世話してくれるということだった。
 
初めての海外らしく、お誘いをうけたスリランカで大人しく1週間過ごすのが賢明な選択だったかもしれない。しかしヒリヒリとした刺激を求めていた23歳、庇護を受けるスリランカ旅程では満足せず、あろうことかスリランカ訪問の前に無計画なインド旅1週間を忍ばせた。しかも、訪問先はデリー等の有名な観光地ではなく、「地図で見るとスリランカに近い」という単純な理由で選ばれたチェンナイというマイナーな都市だった。
 
その計画を聞いて、インドが嫌いなボンボンなスリランカ人の友人はこう言った。
「なんでインドなんかいくんだ?インドは汚いし色んな人間がいる。もちろん悪い人間もだ。その時間もスリランカ滞在に費やせば、もっと楽しく美しい所にたくさん連れていける」と。
 
せっかくの親切で提案してくれたそのバカンスプランをまるっきり無視し、私はインドとスリランカを各1週間ずつ旅をすることになる。しかし14日間の旅を総括して振り返ると、前半戦であるインド旅の印象が強すぎて、懸命にアテンドしてくれた友人には悪いが後半のスリランカ旅1週間は、記憶の中でもまったく霞んでしまっている。むしろスリランカでの時間は、インドの旅で消耗した精神と肉体のリカバリーと、強烈すぎたインドでの体験を咀嚼するために使われたリハビリのような時間だった。
 
さて、インド・チェンナイ空港に私が降り立ったのは、現地時間にして夜9時頃のことだった。
空港を出ると、ムワッとした空気、独特な東南アジアの匂いが途端に鼻をついた。そして無数のリクシャーというタクシーの呼び込み。「これが外国か、これがインドか」初めての海外に私は圧倒された。
 
(さて、夜も遅いしホテルはどうするか。そもそも移動はタクシーがいいのか?)
くらいに呑気に何も考えていなかった私は、あっという間に小太り中年のタクシー運転手に声をかけられ、強引な誘いに圧倒されたまま彼のタクシーまでついていくことになる。端から見れば、地球の歩き方を開きながら空港を歩く警戒心の薄い日本人は、さぞかしチョロい観光客に見えたと思う。
 
リクシャーに乗り込み、チェンナイという見知らぬ街を走った。聞いたことのない夥しいクラクション。通り過ぎてゆく3人・4人乗りのバイクの群れ。裸足で歩く無表情なインド人たち。新鮮な景色に目を奪われて三十分ほどが経っただろうか、リクシャーは人気のない古びたホテルのような所で停車した。行き先は市内と言ったので、運転手は道を間違えたのかと私は思った。
 
「ここはどこ?俺は市内まで行きたいんだ」
とドライバーに伝える。間髪入れずに、
「夜はもう遅い。ここのホテルはいいからここに泊まれ」
と運転手はにべもなくそう言った。
「え?」
 
人生で初めて、客の指示を無視したタクシーの運転手に出会った私は心底驚いた。
「ノーノ―、俺は市内と言ったはずだ」
「ノー。ここに泊まれ」
まったくひるむ様子もなく、運転手はただそう繰り返した。彼の表情と立ち振る舞いには、まったく交渉の隙間がなかった。「そうか。これが海外ということか」
ふと見ると、貧相なホテルのカウンターでも、パッチリとした目のインド人2人が不機嫌そうな顔でこちらを眺めていた。決して市内ではなかったその場所は、既に人通りも少なく、私にはこの場所がインドの一体どこなのかも分からなかった。無力と恐怖を感じ観念した私は、運転手に言われるがまま、そのホテルに泊まることにした。
 
「4000ルピー!?そんなの高すぎる」
翌朝、気持ちを切り替えてチェックアウトをしようとしたホテルの受付で請求された金額に驚いて私はそう声を上げた。タクシー料金も込みで、その値段だという。後に分かったことだが、リクシャーの運転手とホテルはグルになっていることが多く、ホテルに客を連れてきたら運転手は一定額のバックが貰えるそうだ。チェンナイのバックパッカーが行くようなホテルの相場は300~600ルピー。リクシャー代も込みとはいえ、7倍近くも盛大にふっかけられた訳だ。
「ノー。高くはない。この金額が店のルールだ。4000ルピー」
受付の男もまた、昨日の運転手と同じように、まるで交渉の余地さえない表情で取り付く島もなかった。
それでも納得しきれず粘っていた私だったが、既にタクシーもホテルも利用済みの身。交渉は不利を極め、とどめをさすように彼は繰り返した。
「ノー。4000ルピー。払えよ。払うんだ」
 
ぼったくられるそんな経験を、その後もインドに入国してから3回連続で経験した。インド人の誰しもが騙してくると人間不信になり、あろうことか旅をしているのに部屋から出たくないという気持ちにすらなった。しかしその後、同じく一人旅をしているインド滞在3週間ほどの18歳と出会い(なんと彼も初めての海外旅行だった)、リクシャーやホテル、両替の交渉から食事まで、インドでのサバイバル術を一から教わった。彼と別れた後も、リクシャーで遭遇した事故、間違って乗った二等列車での壮絶な満員電車体験、子供達から窃盗にあう等、連続ドラマシリーズ並の度重なる試練は続いた。
 
一方で、移動に困っている様子をみて無償でバイクの後ろに私を乗せ駅まで送ってくれたおじさんや、忘れ物をわざわざ走って届けに来てくれたホテルの人、間違って10倍の値段を支払ったら「お金は大切にするものだよ」と返金と忠告をしてくれた露天商の人など、インドに存在した無償の親切にも接することができた。それらのポジティブな体験によって、私はインドを嫌いになりきれずにいる。
 
インドへの旅。それは1週間の限られた旅だった。しかしその経験が、私のその後の人生で様々な形で活きたことも多いように思う。「インドは人間の森」というように、「人生は人間の森」でもあるからだ。日本に住んでいる今も、私はインドを旅した時と同じように、人間の森を彷徨い続けている。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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