真夏のめまい騒動
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:鈴村文子(ライティング・ゼミ12月コース)
「起き上がれない、助けて」
真夏の深夜、私は夫にそう言った。ほぼ毎日、朝までぐっすり寝ている私が、夜中に突然そんなことを言い出したのだ。夫はとても驚いていた。
「どうしたの?」
「トイレに行きたくて、目が覚めたのだけど、めまいがひどいの。体を起こそうとしても、頭がぐらぐらして、起き上がれないの」
口は、はっきりと言葉を話すことができる。目もしっかり、開いている。天井や壁が揺れている感じもない。ただ、頭の中だけが、船の中にいるように、ぐらぐら、ぐらぐらしているのだ。
「とりあえず、トイレに行ければいいんでしょ?」と言いながら、夫は私の背中に手を当てて、体を起こそうしてくれるが、頭のぐらぐらがひどすぎて、立ち上がるどころか、ベッドの上で体を起こすことすらできない。自分の体を支えられず、すぐベッドに倒れ込んでしまう。ベッドからトイレまで5mもないのに、ものすごく遠く感じた。
これは一体、何なのだろう。今までに経験したことのない感覚に戸惑いながら、私は、夫が熱中症になった時に、頭がぐらぐらすると言っていたことを思い出した。もしかしたら、これは熱中症かもしれないと思い、夫に、冷蔵庫から経口補水液と氷を持ってきてもらった。横になったまま、経口補水液を何とか飲み、氷を脇に挟む。これでしばらく様子を見よう、と思っていたら、すぐに体が冷えてきてしまって、寒気までしてきた。良くなるどころか、逆に状態が悪化してしまった。どうやら熱中症ではなかったようだ。
もしかして、頭をぶつけたのかもしれない。実はこの2日前に、私は転んで足首を捻挫をしていた。足首の痛みだけを気にしていたけれど、転んだ時に頭をぶつけて、脳に異常が生じたのかもしれない。そうなると、ずっとこのまま、めまいは治らないのだろうか。それではトイレにも行けない。どうしよう。急に不安に襲われたが、救急車を呼ぶことにはためらいがあった。ちょうどその頃、新型コロナの第7波の真っ最中で、救急隊が忙しい、と報道されていたからだ。そこで私は、♯7119の存在を思い出した。この番号は、救急車を呼ぶべきかどうかを相談できる窓口なのだ。夫が♯7119に電話をかけて、私の症状を伝えると、救急車を呼んだ方がいいと言われたので、呼ぶことになった。
救急車は思っていたよりも早く来た。救急隊の方達が寝室に入ってきて、ベッドに横たわっている私を取り囲む。救急隊の方が、夫に「奥さんは、ワクチンの方は?」と聞いたが、私は夫より先に「3回打っています。最後は3月です」と答えた。そういったやり取りができるぐらい、意識はしっかりしている。口だってはっきり動く。ただ、脳に異常が生じているのかもしれないと疑うくらい、ひどく頭がぐらぐらしているのだ。
私はパジャマのまま、担架に乗せられた。ガラガラガラガラ、マンションの廊下を担架が行く。頭のぐらぐらは、動いているとますますひどくなって、これから病院に行くというのに、良くなる気が全くしなかった。マンションの前には救急車が待っていて、担架ごと押し込まれる。電話で受け入れ先の病院を探している様子が聞こえてくる。なかなか決まらない。やっと決まったと思ったら、「病院に行っても、良くならないかもしれないけど、いいですか? 帰りは、自力で帰ってきてくださいね」と念を押されてしまった。こんなこと言われるなんて、一体何の病気だろう。私、大丈夫なんだろうか? 不安が大きくなった。救急車が走り出した。
車の振動で、頭のぐらぐらが一段とひどくなる。トイレに行きたい気持ちも強まってくる。どこに行くかもわからないので、病院に着くまでの時間が、本当に長く感じた。
やっと病院に着いた。担架に乗ったまま、救急外来の処置室へ運ばれる。担架から、処置室のベッドに移されて、先生に症状の説明をする。先生は、「はっきり話せているし、大丈夫だと思うけど、念のため、CTを撮ります」と言った。CTを撮る部屋に行くために、看護師さんに車椅子に乗せてもらう。ずっと、トイレに行けるタイミングを見計らっていたが、今こそチャンスだ! 「トイレに行きたいんです」と言う。車椅子を押してもらいながら、トイレに行く。さすがにトイレの中までは無理なので、ぐらぐらしながらも、何とか自分で車椅子から便座に移って、ようやく、用を足すことが出来た。恥ずかしいことにならずに済んで、ホッとした。
CTを撮ってもらい、処置室に戻り、先生から結果を聞く。先生は「脳に異常はないから大丈夫。耳の中に耳石という石があって、その石が動くことで、平衡感覚がわかるようになっているんだけど、今回は、その石が何かの拍子で、本来あるところから動いてしまったから、こういう状態になったんだよ」と説明した。続けて、「薬を飲んで、しばらく横になっていれば、良くなりますよ」と言った。耳に石があるなんて、初めて知った。そして、こんな症状を引き起こすことも、初めて知った。脳に異常はなかったのだ。心の底から安心した。
もらった薬を飲んで、しばらく横になっていたが、また、トイレに行きたくなってきた。まだ頭のぐらぐらは治らないので、車椅子で、看護師さんに連れていってもらわないといけない。看護師さんが近くを通った時に、声を掛けて、トイレに連れていってもらう。
ベッドに戻って、しばらくすると、またまた、トイレに行きたくなってきた。自力で行ければ良いが、まだ車椅子が必要だ。さっき行ったばかりなのに言いにくいな、と思っていたが、仕方がない。看護師さんに言うと、「またですか!」と呆れながらも、トイレに連れていってくれた。
熱中症だと思って経口補水液を飲んだせいで、病院で3回も、車椅子を押してもらいながらトイレに行く羽目になるとは……。脳に異常もなく、無事で何よりであったが、なんとも情けない気持ちで、めまい騒動は幕を下すのであった。
***
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