人生ミックスナッツだと思うから。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:宮脇真礼(ライティング・ゼミ10月コース)
無意識に伸ばした手の感触にはっとして、その先のお皿をまじまじ見つめてしまった。
クルミ、クルミ、クルミ。ぜーんぶクルミ。
うそん。さっきまでは確かに他のナッツさんたちもいましたよね。
お皿には、あの脳みそを真上から見たようなビジュアルの茶色いやつばかりが平然といる。
無論、クルミだけを残して食べ尽くしたのは私だ。
テレワークの日は、たいていPCの隣にミックスナッツが鎮座している。他人事のように言っているが、もちろんセッティングしたのも私だ。
「間食するならナッツがいいんだって〜」
少し前に電車で聞いた知らない人たちの会話だった。単純なのでそのまま取り入れた。1日の摂取量を守ることが前提とわかりつつ、「ナッツならいいよな」と勝手に解釈を捻じ曲げて今に至る。
ついつい間食が進んでしまうのは、テレワークの良くないところだ。
そして、やきもきしているときほどどんどんペースが上がってしまう。
この作業、ちょっとめんどくさいから後回しにしちゃおっか……。
マイナスボタンをクリックしながらアーモンドをぽりぽり。
不安だった案件、メール来てるじゃん……開けるの怖いなあ。
一旦カシューナッツでも挟んで落ち着こう(この「一旦」が1日にめちゃくちゃ発生しがち)。
仕事終わったら、あの子からのライン返さないとなあ。
もはや、そう思うのと同時くらいの勢いで手が伸びている。
そうこうしているうちに、気づけばクルミだけがきれいに取り残されている。
ミックスナッツを選んでいるのは、いろんな種類があった方が栄養素も満遍なく摂れるだろう思ってのこと。
アーモンドもマカダミアもカシューナッツも好きだ。ただ、くるみだけが若干苦手なのである。とはいえ、ミックスナッツ界でクルミは大体レギュラーメンバーだ。シーフードミックスだったら多分「イカ」くらいのポジション。
日は落ちかけて夕方。残されたのは後回しにした仕事とクルミたち。
苦手な作業も人種も、残念ながら世の中からすっかり無くしてしまうことはできない。クルミの入っていないミックスナッツを探すのが難しいように。苦手だろうと、同様に消費していかなければならないのだ。
けれど、「苦手」な理由と向き合うのも簡単ではない。クルミだったら、噛んだときの独特なオイリーさに、薄くまとった皮の苦さ。あのちょっとグロテスクなビジュアル……。
いやわかっている。あの頑丈な殻からきれいに実を取り出すのがどれほど大変なことか。
昔はよくトライしていたけれど、母のようには全然できなかったもの。
――あ。くるみおはぎ。
唐突に思い出されたのは、母が巨大なすり鉢をどこからか出してきて、「くるみのおはぎ作ろうね」とニコニコしながら言う、いつぞやの光景だった。
子どもの頃、祖父からクルミをもらうたびに、私たち家族には「くるみおはぎの日」というプチイベントが発生していた。
クルミを使ったおはぎは地元・長野の郷土料理だ。煎ったクルミをすり鉢で潰して、甘さやしょっぱさを足してクルミだれを作る。それを、炊いたもち米の食感が残るほかほかのおはぎに、たっぷりかけて食べるのだ。
作りながら、年子の兄とは必ずといっていいほど喧嘩が勃発していた。どちらが「すりこぎ」担当で、どちらがすり鉢を抑えるサポーターに徹するか、とかそんな火種で。
けれど、喧嘩もどうでもよくなるくらい、出来上がったおはぎはめちゃくちゃにおいしかった気がする。
「ねえねえ、くるみおはぎのたれって、何入れて作るんだっけ」
気づけば母に電話していた。
ここまできたら体は自然と動く。温めたフライパンへ、お皿に残ったクルミたちを勢いよく投下した。
しばらく煎っていると、香ばしい匂いがしてきた。苦手だった独特な油分の感じが、こうしてどこか落ち着く香りに変化しているのが不思議だった。さっきまで「余り物」だったクルミが、その一瞬でもう主役になっていた。
あいにくすり鉢は持っていないので、二重にしたジップロックの中に入れて上から麺棒で容赦なく叩く(なぜか麺棒はあった)。
うねうねとしたビジュアルも、袋の中でたちまちカケラになっていく。……ちょっとストレス発散。
砂糖と醤油は「目分量」とのことだったので感覚を頼りに。最後に少しお湯で延ばしたら、いつかのトロッとしたくるみだれになった。
さすがにもち米はなかったものの、冷凍庫の奥の方を探ったら狙い通りお餅を発見。化石になる前に救出できてよかった。
そうして、ふとした回想から思いがけない夕食が出来上がった。
さっきまで持て余していたクルミが、今やえもいわれぬ懐かしさをもって私を包みこんでいる。
不思議だ。クルミはクルミのままだ。
少しばかり形を変えて、味わいも加えて、さらには思い出も見方して。今目の前にあるクルミの夕食はこんなにもあたたかい。
相手や対象そのものを変えることはできなくても、向き合い方を変えたり、折り合えるところまで階段を降りてみたり、自分がその努力をちゃんとすれば、「苦手」にならない付き合い方が見えてくるかもしれない。そうやって捉え直したら、さらに「良さ」まで発見できることだってあるのかも。
案の定、クルミのおはぎはとてもおいしかった。
「食べすぎちゃだめだよ」
電話越しの母の忠告が頭をかすめる。「好き」になりすぎちゃうのも危険だな。
正しい用法容量、不即不離。物事との適切な距離って難しい。
でも、いっそどんとこいだ。苦手なのも怖いのも面食らうものも。重たいのもトラウマも逆に好きすぎるのも。どうにかあれこれやって、全部おいしく食べてやろうと思う。
***
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