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メディアグランプリ

逆立ちしたって世界は何も変わらないけれど


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上遥(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
「あなたたちが今、何か罪を犯して警察に捕まったとしたら、テレビや新聞でどう報道されるか知っていますか?」
 
そう言って、講師はカツカツとチョークを鳴らしていく。
だだっ広い黒板に“無職”という言葉が並んだ。
そして再び生徒たちに向き合い、言う。
 
「あなたたちは今、何者でもありません。学生でもなければ、社会人でもない。何者かになりたいのなら、一年間死に物狂いで勉強してください」
 
それでは初回の講義を始めます、と言って講師は課題の解説を始めた。
その時黒板に書かれた、あまりにも達筆な“無職”という字を、私は10年以上経った今でも忘れることができない。
 
 
大学受験に失敗した私は、両親に深く頭を下げ、浪人生としての1年間をスタートすることになった。幸いなことに(?)通っていた高校には自分と同じ予備校に進学する者も多く、浪人自体を引け目に思うことはなかった。
しかし、勉強嫌いな私にとって、その一年は本当に辛く苦しい道のりだった。
 
春から夏にかけては模試の成績も良かった(すでに一度受験を経験しているのだから当然なのだが)。同じく浪人し、同じ予備校に通う友人たちと「予備校で新しく友人を作ったり、浪人生同士で馴れ合ったりするのはやめよう」とストイックに勉強に打ち込む誓いを立てたお陰で、勉強の進みも悪くなかった。
 
辛さを感じるようになったのは、お盆の辺りからだ。
 
朝から晩まで自習室で机に向かう毎日が続き、楽しいことなど一つもない。一日に発する言葉がコンビニでの「あ、お箸いらないです」だけの日が何日も続いた。徐々に成績の伸びにも翳りが見え始めてくる。気分転換に遊びに行っても「こうして遊んでいる間にも、別の誰かは勉強している……」という罪悪感のせいで心から楽しむことができない。夏の終わり頃には、予備校にも通わず、自宅で横になってラジオを聴くだけの日々を2週間ほど送っていた。今振り返ると、完全にノイローゼだったと思う。
 
そんな毎日の中で、唯一と言っていい楽しみが「逆立ち」だった。
 
毎日16時から16時半までの30分を友人たちと過ごす休憩時間としていたのだが、その際に「逆立ちチャレンジ」と称して私が逆立ちをするのが通例となっていた。最初は全くと言っていいほどできなかった逆立ちだが、回数をこなすうちに数秒間姿勢をキープできるようになっていった。「合格を願って、逆立ちしよう!」という、よく分からないただの思いつきから始まった遊びだったが、いつしか「私が逆立ちを10秒間続けられたら、受験に受かる」と全員が思い込むようになっていった。
 
そして、受験まで残り1カ月を切った12月のある日。
私はいつものように逆立ちに勤しんでいた。
 
「せー……の!」
 
いつものように友人たちによるカウントが始まる。
しかし、その日はいつもと様子が違った。
 
「……8……9……10!」
 
初めて、10秒間の逆立ちに成功したのだ。
そのまま地面に足を着き「今、できてたよね!?」と友人たちと逆立ち成功の喜びを分かち合う。
やったぜ、これで合格だ!
そんなことを言い合いながらひとしきり笑い合った後、私たちはそれぞれの自習室へと戻っていった。
 
赤く染まった夕焼けが、やけに眩しく見えたーー。
 
 
小説やアニメだったら「そして季節は移ろい……」などといったモノローグとともに、場面は桜舞う春の季節にでもなっているのだろう。しかし、私たちの生きる現実に場面転換はない。
 
 
席に戻った私を待っていたのは、無造作に広げられた参考書と、空白のまま何も変わっていないノートだった。
 
 
突然、私は何もかもが嫌になって、思い切り叫びたくなった。逆立ちしたって、ノートが埋まることはない。テストの点数は上がりも下りもしない。「今の私は何者でもない」という現実は、何一つとして変わらない。そんな当たり前のことに、当時の私はなぜ気づかなかったのだろう。
数式を一つ覚えること。
英単語を一つ覚えること。
歴史上の出来事を一つ覚えること。
結局のところ、現実を変えるのは、そんな小さな積み重ねでしかない。
そんな当たり前のことを、今さら理解した自分を恥じる。
そして、私はぎゅっとシャープペンシルを握りしめて、再び参考書に向き合ったのだった。
 
 
そして、春を迎えた。
 
結局、第一志望であった大学には落ちた。しかし、自分でも満足のいく進学先に巡り会えたのは幸運と言えるだろう。
予備校の事務員の方に進学先を伝え、私の予備校生活はあっけなく幕を下ろした。
 
浪人時代。
私にとってそれは、小さな絶望をコツコツと積み重ね、ゆっくりと心のみずみずしさを失っていく日々であった。
ある漫画に「小さな絶望の積み重ねが、人を大人にする」というセリフがある。もしもその言葉通りなら、私も少し大人になれたのかもしれない。
二度と戻りたくない日々ではあるが、その日々が今の私を作り上げている。それは紛れもない事実だ。
 
それからも、逃げ出したくなるような出来事はたくさんあった。というか、そんな出来事ばっかりの毎日だ。それでも、逆立ちをしたって、嫌な出来事から目を瞑ったって、世界は何も変わらない。
自分にできることは、ただただ、目の前の現実に一つずつ向き合っていくことだけだ。
 
辛い時には、自習室の机に参考書を広げ、シャープペンシルを強く握りしめてノートをガリガリと埋め尽くしていく、あの頃の自分を思い出す。
その姿が、今の私をほんの少しだけ、勇気づけてくれるのだ。
 
 
 
 
***
 
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2023-02-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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