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捨てないで! 立札「祝 御就任」を取られた胡蝶蘭 花はなくてもゴミじゃない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:やまの とこ (ライティング・ゼミ 12月コース)
 
 
「用済みで誰かが捨てたものでも、ゴミじゃない時もあるよね」
私の問いかけに友人が答えた。
「元カノに散々悪態つかれて捨てられた男がいたけど、その彼の新しいカノジョが『いい拾いモノした』と言ってたよ」
友人はレトリックの名手だ。
 
私の仕事は、医療系の研究機関の秘書だ。就任や開業のお祝い事に胡蝶蘭の鉢植えを贈り合うのは、業務の一部。一方で毎度その処分のことが気にかかっていたのだ。
 
豪華な胡蝶蘭の鉢植え。花のひと立ちが1列1万円だという。そんな大輪の真っ白い花を2重3重につけた鉢が、(秘書仲間で言うところの)ラン通貨にして、3万、5万、7万と次々と届く。
「すごいですね、この数。周辺のお花屋さんどこも品切れだそうです」
今回は役員室を一周しても置ききれず、ずらりと廊下までつながった。100万ランを軽くこえている。
 
こんな風景が2年に1度ぐらい訪れる。
 
まるで極楽浄土と化した役員室で腕組みをしながら、私は次の手を考えている。花が散って立札を抜かれた後の行く末を案じているのだ。
 
この花には特別な役割があるとしか思えない。堂々とした風格は贈答品としての自分のミッションをわきまえている。満開の状態で届けられ、どの鉢も今を盛りとそのまま1カ月以上も咲誇り、競演する。しかも香りがいっさいない。自己主張は外見だけなのだ。贈ったほうにとっても、見栄えがして満足感がある。
 
重要な点は、送るタイミング。必須事項は「誰から誰に」が明記されていることだ。その名乗りのための「立札」が鉢にぶすっと刺さっている。肩書や名前に間違えがあってはならない。業者さんもそこは心得ていて、最近は確かに送ったという現場写真を請求書につけてくれるところもある。
 
まるで『カタログ写真』。満開のまま、1カ月時が止まるのだ。
 
贈られたほうもしっかりと立札を確認する。
「おお、同窓の彼からだ。ご丁寧にありがたいなぁ」
「その会社からのは、デスクのそばに」
「そっちの鉢は、応接セットがあるところに」
ボスが注意深く指示をだす。部屋いっぱいの蘭に囲まれて、一気にお祝いムードが盛り上がる。胡蝶蘭にしてみたら、これでひとまず大切な役目を終えたことになる。
 
ひととおり飾り終わって見渡すと、そのポジションニングと立札に、力関係が反映されていて、華やかな現場から得られる情報は結構シビアなものがある。
 
しかし、私にしたらここからが問題なのだ。
 
1週間が過ぎてそろそろ通常モードに戻り始めると、ボスから声がかかる。
「きれいに咲いている間に、秘書さん方にお好きなのを持って帰ってもらって」
なるほど、今のうちだ。『カタログ写真』映えするゴージャスな大輪咲や、めずらしい色のものから引き取られていく。
 
そして、1カ月が過ぎるころ、茎と葉だけになった元胡蝶蘭の立派な鉢を抱えて、ボスが私をみる。片付けてほしいのだ。こうなってしまったら引き取り手はいない。
『カタログ写真』はもうない。あとは、処分待ちのゴミなのか。
 
花がなくても根っこの株は、まだ生きている。ゴミじゃない。
「捨てちゃダメですからね。ここは私に任せてください」
 
強力な助っ人を見つけたのだ。その人にだったら安心して託せる。
 
私は木札を抜いて、引き取り手のない、大量の胡蝶蘭の根っこを全部持って帰り、例のグループに連絡を入れた。
 
出会いは、植物園の企画「ラン展」だった。その人は、温室の片隅で「ランのお困りごと相談」をしていた。
 
毎回処分に困っていた私は、ある日、近所の植物園に相談した。寄付できないかと考えたのだ。受け付けてはもらえなかったが、代わりにアマチュアのラン愛好家グループの代表を紹介してくれた。
 
「胡蝶蘭をたくさんいただいて、手に負えません。会にお持ちしてもいいでしょうか? 捨てるのがもったいなくて。花が終わって、葉だけのものでもお譲りしてよろしいでしょうか?」
その人は、ひょうひょうと、なんでもないことのように即答してくれた。
「どうぞ、どうぞ。お引き受けしましょう。いくつでも持ってきてください」
 
引き渡しの場所は、植物園裏のビニールハウス。花の終わった胡蝶蘭は初心者にとって良い課題になるそうだ。バケツリレーで全鉢運び込んだ後、思いがけない提案をされた。
「ご自分でも育ててみたらどうですか? ミズゴケと鉢を持っていらっしゃいよ。育て方をお教えしますよ。また、咲かせることができますよ」
 
その人は、手際よくバラした株をとって、根を整えて上からミズゴケでぐるぐる巻きにした。それを3つ作って、私が用意したハンギングのバスケットにギューッと詰めてくれた。あっという間だった。
「完成。かわいがってね」
神業だ。驚いた。ダメもとで私も育ててみることにした。
 
曰く。
原種は、ジャングルの木に寄生しているそうだ。乾燥気味が好き。水やりは、完全に乾いてから、ジャブジャブとどぶ付け。翌日しみ込み切れなかった余分を捨てる。根も光合成をする。鉢から飛び出してきても、それは気根といって平気。直射日光をさけてカーテン越しの室内で。
ランには世界中に愛好家がいて、新種の発見と開発にしのぎを削っているそうだ。毎年コンテストがひらかれて、栽培の難しい種を満開に咲かせて出展し、完成度を競うのだという。
後で知ったが、その人こそが、アマチュアの世界チャンピオンで、オーキッド・マスターと呼ばれる人だった。どの道にも、驚くような専門家がいるものだ。
 
こんな楽しみ方もあったのだ。
豪華に咲いた花を人はその時には愛でるが、花が散ったあとでも、そこから未来の時間を楽しむこともできるのだ。
この次はいつ咲くのか。根は元気か。葉だけが育ちすぎてやしないか。そして、花芽の兆しを発見したときの喜び。
誰から贈られたかわからなくなっても、カタログ通りに咲かなくても、たった1輪だけでも、ふたたび咲いたら、就任、開業時の喜びを思い出すには十分じゃないだろうか。
 
オーキッド・マスターにお手ずがら、ご教示いただいた株は、今年も花をさかせて、私を有頂天にしてくれる。ラン通貨で1万ラン。いい拾いモノをした。得した気分だ。
 
 
 
 
***
 
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