感謝の伝え方 ―バレンタイン大作戦―
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:平井 理心(ライティング実践教室)
「義理チョコ、やめました」
そう宣言し、実行してから早幾年。
結果からいうと、happyです。今は、まさに“happy valentine’s day”を過ごしています。
やめる前は、義理チョコを20-30個渡していました。その9割以上は職場の殿方用。私にとってのバレンタイン・デーは、愛を伝える日といった本来の様相を微塵も見せず、専ら、日頃の感謝の気持ちをのせた義理チョコ配達日となっておりました。その総額は2万円を超えていたでしょうか。年末年始に続く痛い出費でした。でも、ホワイトデーには倍返しをいただきましたので、費用対効果は抜群でした。3月14日には、デスクの上いっぱいにお菓子が届いたのでした。
そんな義理チョコ・イベントが、突然嫌になりました。どこまでもふくれあがる義理チョコの数。勤務年数を積み重ねると、お仕事で関わる人が増えていきます。誰に義理チョコをあげるかあげないかの線引きが、できなくなってしまいました。そして、2月に入ると、「そろそろチョコを買いに行かなきゃいけないし、たくさん買わなきゃいけないし、混雑のレジに並ばなきゃいけないし、義理チョコに添えるメッセージを書かなきゃいけないし、当日は朝から配らなきゃいけないし……」。
いつしか、たくさんの「しなきゃいけない」という言葉が、頭の中舞っていました。
もう、やめた!
でも、義理チョコは日頃からの感謝の気持ちを伝えるもの。伝えなくていいのか、平井さん冷たいなぁとか思われないだろうか。私の心の面倒な部分が、決意の足を引っ張ります。それを振り払う「何か」を私は探しました。心の中を、頭の中を、ぐるぐるかき回していると、ある記憶が手にかかりました。
その記憶とは、私の救ってくれた感謝の言葉のエピソードです。
私は大学病院の患者相談担当です。苦情・クレーム対応もしています。その担当になってまだ日が浅かったころの出来事です。
入院窓口で患者さんが騒いでいるというので、私が呼ばれました。患者さんである30代女性と、男性が隣に座っていました。患者さんのお話をうかがうと、
「私、母子家庭なの。入院中に子どもの面倒を病院でみてくれるでしょ」
というものでした。それは、できません。託児所は完備していないのです。市役所で相談してもらえないでしょうか。丁寧に伝えたつもりでしたが、患者さんとお連れの男性からの反応は、
「話がわからないおばさんだなぁ」
「本当にバカだな。ブスだし。厚生労働省に電話してやっから」
「もしもし、今●●大学病院にいるんだけど、目の前に平井って言うバカな職員がいるんだよ。なんとかしてくれない?」
「電話してやった。なんとかしろよ!」
「ホント、無脳なんだから!」
と、次々と罵声を浴びせられました。15分ほどやりとりしても埒があかない。年上の男性職員2人に交代したら、患者さんとお連れの男性の態度は、けろっと変わり従順になりました。
つらい……、悔しい……。
私の対応は間違っていたの? なぜ、あんな汚い言葉を浴びせられなければならなかったの? 女性だから? トイレでひとり、止まらない涙を拭いました。その日は金曜日。土日もずっと、職場を離れても、涙は止まりませんでした。
月曜日、本当に仕事に行きたくありませんでした。でも、朝イチで大事な会議が控えていました。目を腫らして会議室に行くと、足ががくがくします。手がぶるぶるします。その手で資料を渡していると、当時の放射線科の教授が神の言葉を掛けてくださいました。
「この資料、平井さんが作ったの? よくできているね。ありがとう」
その一言が、私の手足の震えを止めました。あれだけ私の心を締め付けていた憑きものを祓ってくれました。
今思うと、私の精神状態は非常に危ないところでした。あの一言がなければ、私はPTSD(心的外傷後ストレス障害)となって、心が崩壊して、仕事を続けられなかったと思います。今、こうして言葉を綴ることもできなかったでしょう。私の人生を救ってくれた一言でした。
感謝の気持ちは、その時その場で伝えるべし。
もしかしたら、私と同じような気持ちの人が近くにいるかもしれません。通常を装っているけれど、心で大泣きしている人がいるかもしれません。だから、私も。感謝の言葉をその時その場で伝えていこう。もし、その言葉で元気になってもらえれば、すごくすごく嬉しい。
そこで、毎日を感謝の思いを伝える日としました。そう、私にとってはeveryday’s Valentine.
最初は意識して、声を掛けていました。ぎこちなかったと思います。違う部署の人にも、よく知らない人にも声を掛けていくのは、少し勇気が要りました。
「昨日も遅くまでお仕事されていましたよね。いつもありがとうございます」
「さっきの患者さん対応よかったよ。患者さん喜んでいたね。ありがとう」
「先生の説明、とても丁寧でわかりやすいです。ありがとうございます」
今は、自然に言葉が出てくるようになりました。人間慣れるものですね。
そういえば、苦情・クレーム対応も慣れました。あのとき以上の暴言も、時には暴力もありますが、10年経った今は冷静に対応できています。
また、バレンタイン色に染まったお店や人のざわつきから、距離を置くことにも慣れました。
感謝の気持ちは日々伝えています。だから、義理チョコはあげません。
そうしたら、バレンタイン・デーにチョコが届くようになりました。「平井さん、いつもありがとう」のメッセージ付きで。
2月14日に義理チョコをあげるのをやめたら、もらう側になりました。
3月14日はもちろん、感謝の気持ち倍返し、しています。
***
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