謎の同僚は異国の民族だった、ことにしよう
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記事:あこ(ライティング・ゼミ12月コース)
ふと、会社から帰宅する電車の中で「笑いながら怒る人」というネタを思い出した。そのネタは有名な俳優が披露する一発芸のようなもので、文字通り笑いながら「ふざけんじゃねーよ、コノヤロー」と怒るネタで、これが爆笑を生むのである。
この何のひねりもないネタが爆笑を生み出す理由は、「笑う」と「怒る」という正反対の感情を同時に表現しているからだと思う。そのギャップがおもしろいのだ。
これは、「笑う」と「怒る」が正反対の感情という、共通の概念の基に成立している。
「笑顔は喜びで、ムっとした顔は怒り」というのは万国共通なのだろうか?
もしかしたら世界には、笑いながら怒ることが普通という人がいるのではないだろうか?
このネタが通じない国があるのではないだろうか?
そんなことを思った。
実際、私の会社には私の定規では測れない感情の持ち主がいるのだ。
同じ日本人、同じ年代、同じ女性で、しかも同じ職場にいる。
最近の私の労力の多くは、この謎の解明に費やされている。
彼女と出張に行った時の出来事である。
名前を呼んでも返事もしないし、振り返りもしないのである。
聞こえてないのかなと思い、もう一回呼ぼうかと思っているとやっと振り向き、目も見ずに「はい」と返事をするのである。しかもツンとした言い方で。
私が知っている彼女はこんな人ではなかったはずなので、何か考え事をしていて、ちょっとタイミングが悪い時に呼んでしまったのかもしれないと思った。しかし、その後いつ呼んでも同じだった。
しかし出張が終わると、元気に「お疲れ様でした!」と帰って行ったのである。
彼女と別れた後、どっと疲れが出た。私には、彼女の行動が全く理解できなかった。
まず、出張には私と彼女の二人しかいないのだから、お互い気持ちよくやりたい。出張という特別な状況だ。もし気に食わないことがあったとしても、とりあえずは目をつぶってどうにかうまく乗り切らないといけない。
二人は運命共同体だ。
同じ日本人、同じ年代、同じ女性、同じ職場の仲間だから、当然同じことを思っていると思っていた。
しかし彼女の態度からは、同じ思いだとは全く思えなかった。
きっと私は、自分では当然と思っていた概念が、彼女になかったことにとても動揺したのだと思う。そして、理解できなかったのだ。
理解できない私は、出張から帰って来てからもずっと悶々していた。
なぜ、彼女はあんな態度を取ったのだろうか。
もしかしたら彼女は、最初は同じ思いだったのに、私の何かが気に障って歩み寄れなかったのではないだろうか。
私一人で考えても埒が明かないので、彼女と二人で話すことにした。
ものすごく緊張するし、嫌だけれど仕方ない。
勇気を振り絞って切り出してみる。
「この前の出張さ、私が色々口を出してしまったからやりづらかったり嫌なこともあったと思うけれど、どうでしたか?」
「写真を撮る場所とかを現場で迷うこともあって、時間配分が難しかったです」
あれ?
終わり?
「やりづらかったこととか、私がこうしてくれたらもう少しやりやすかったなとか、ないですか?」
「それはないです。とても勉強になりました」
いや、待て。
勉強させてもらったなー、と思ってる人間の態度だったか?あれは?
私が「嫌な気持にさせてしまっていたら申し訳なかったなと思うのだけど」と言ったのに対し、「いえ、そんな……全然」で終わってしまった。
そして最後まで、彼女からはあの態度の釈明や謝罪はなかった。
私の頭の中に、漫画のように「チーン」という文字が浮かんだ。
終わった。
もはや私に彼女を理解することはできないと思った。
私と同じ思いのはずだという、淡い期待も消えた。
しかし思うのだが、他人を理解するというのは、そもそも無理なのではないか。
育ってきた環境や考え方が違うのだから、理解などできないだろう。
だから、受け入れるしかないのだと思う。
そういう人なんだと受け入れるのだ。
あの日の彼女の態度は理解も納得もできないけれど、私は理解しようと努力した。
彼女が「不満などない」と言うのならそうなのだろうし、釈明も謝罪もしないのなら、それが本当の彼女なのだろう。
これからも一緒に働かなければいけないし、うまくやっていかなければいけないのなら、受け入れて、受け流すしかない。
そう。きっと彼女は「笑いながら怒る」、異国の民族なのだろう。
最近、久しぶりに友人で集まる機会があったのだが、「子供にどうやってお金を残すか」「老後の資金はどう増やすか」「父親が末期がんだ」「義理の母が亡くなって大変だった」などなど、重量級の話題ばかりだ。
私はこの職場の異国の民族の愚痴を言う気満々だったのだが、あまりにもちっぽけ過ぎて言い出せなかった。
そうだ私よ。
女性の平均寿命は87.57歳と言われている。もう人生の折り返し地点を過ぎている。
親や友達を大切にして、お金も溜めて、増やして、好きな韓国ドラマも溜まっているし、Kpopアイドルのオタク活動も再開しなければいけない。
時間は限られている。
私には、異国の民族の謎を解明するために費やす時間などないのだ。
そういう国の人もいるんだなと知る、いい人生経験になったと思うことにしよう。
***
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